ゆえん



新学期が始まった最初の日の朝に、俺は楓のクラスである一組の廊下で、教室に入る学生たちを出来るだけさり気なく見ていた。

一人では恰好が付かないため、要司に頼んで一緒に来てもらった。

要司は少し疑問を持った目で俺を見たが、何も訊かずに付いてきてくれた。


あと五分で、予鈴が鳴る時間に、楓の姿が見えた。

久しぶりに楓をまともに見た気がした。

急に大人っぽくなった感じがして、息を飲み込んだ。


「楓」

「あ、葉山君、おはよう。どうしたの? 一組に用?」

「あ、えっと、今日帰り、ちょっと話したいんだけど、一緒に帰れるか?」


楓は少し目を大きくして、周りを見渡した。

そして俺の耳元で小さく囁く。


「ごめん。今日はアルバイトがあるんだ。無届でやっているから内緒にしていてくれる?」

「そっか。…お前、引っ越したのか?」

「あ、……うん。今日の夜に電話するね。葉山君ちの電話番号、前と変わってないでしょ」

「ああ」

「じゃあ、八時半ごろに掛けるよ」

「おい、浩介。チャイム」


要司が俺の肩を軽く叩いて、廊下を歩いてくる担任の姿を指さしていた。