ゆえん

二年生になったからと言って、同じクラスにいる千里子がそれをやらないはずがない。

思っていたとおりに千里子の例の台詞が俺の耳に聞こえてきた。


「ね、一生のお願い。いいでしょ。代わって」

「嫌よ。桑田さんの席って廊下側でしょ。私、窓側の席が好きなんだもの」


いつもと違う反応が聞こえてきて、俺は千里子と話すクラスメイトの顔を初めて見た。

誰だっけ。

小学校も別だし、初めて同じクラスになる女だなと気付いた。

真っ黒な髪を肩よりもかなり長く伸ばしている少し華奢な女子だった。

その体の線の細さとは対照的に、強く意思を持った大きな瞳をしている。


「もしかして、あなた、浩介のこと好きなの?」

「浩介って誰?」


俺が知らない女子だから相手も俺を知らなくて当然だ。

いつもと違うやりとりにあの千里子が戸惑っているように見えておかしかった。

千里子は少ししおらしく両手を顔の前で合わせ、拝むようにして彼女に言った。


「ね、お願い。一生のお願いだから、聞いて」


そんな千里子を前にして、彼女は表情を変えずに俺の隣の席にやってきた。


「一生のお願いって言ってるのに」


無視されたことに苛立ちを隠せずに千里子は強い口調で言った。

振り返った俺の隣の席の女は、千里子をまっすぐに見る。


「あなたの一生って何回あるの? 一生のお願いって言葉を使えるのは一生で一回だけなのよ」


あまりにもはっきりと千里子の安い『一生のお願い』を切り捨てた彼女が、俺には新鮮だった。

彼女のノートの表紙に書かれていた名前が目に入る。

そこには『望月楓』と書かれていた。