< 何でもなくなんかない >



奥さんに意外な事実を聞いてしまったおかげで、私の中にあるあいつの印象が変わった。

これって、いわゆる「能ある鷹は爪を隠す」ってやつ?

にしても、ビックリだ。


工学部を卒業したとするなら、一級建築士の資格の方は、それで何とかなるとしよう。

でも、このご時世、そう簡単に大手のゼネコンには入れないでしょ。

あんな見てくれのくせして、昔は割と優秀だったんじゃん。


今もなお建築関係の仕事をしてるくらいだから、仕事が嫌で辞めたって訳じゃないよね。

もしかして、それも希ちゃんのため?

大企業で活躍できたかもしれないのに、子供を育てるために諦めたの?

だとしたら、その潔さを尊敬するし、同じ境遇の者として、益々、親近感を覚える。


だけど、と同時に切なくもなる。

初めて会った日、「二兎を追う者は一兎も得ず」って言ってたのは、本当は自分のことだったのかな。


だって、どう考えたって無理だもんね。

やりたい仕事を全力でしながら、ひとり親をやって行くのは。

そんなことができるのは、よっぽど恵まれた環境にいる一握りの人だけだろう。


翼が大きくなるまでは、それも仕方ない。

そう思って割り切って生きて来たつもりだったけど、あいつに比べたら、私なんてまだ甘いのかも。

僅かに夢を捨て切れず、知らないうちに翼に我慢を強いている。

今の会社で働き続けることは、果たして正解なのかな。