音、音、音が私を支配して、どんどん私の中へ満ちていく。
周りの音なんて何も聞こえなくて、ピアノと私だけの二人ぼっち。

「音の中に沈んでいく」って感覚は・・・言葉にしたら誰かに分かって貰えるんだろうか。




放課後の旧校舎。
誰も使わなくなった音楽室に、グランドピアノが置かれている。

そのうち本校舎に移す予定だと言われながら、調律だけされては、ずっと放置されているものらしい。


それなら・・・私が、弾いてもいいよね。




そう思って、テスト週間に入った今日。
生徒が帰っていく中、私は旧校舎の音楽室へやってきた。

・・・少し埃っぽくて、窓を開けた。

ピアノも埃にやられているかもしれないと思ったけれど、そっと・・・埃が立たないようにゆっくりとカバーの布を取れば、綺麗な黒が光ってホッとした。



「・・・初めまして」



グランドピアノの屋根をいっぱいに開けてから、正面に回って今度は鍵盤の蓋を開ける。とても綺麗な白と黒が広がって、思わず手を伸ばして一音響かせた。

音楽室に響いた音を聞いて、私は躊躇いもなく次の音に手を伸ばす・・・。




そうして夢中になってしまって、誰かが入ってきていたことに気付かなかった。








だ、誰・・・?


何曲か続けざまに弾いて満足して息をつき、それから辺りを見渡せば、ピアノの陰に黒い髪が見えてビクリと肩が跳ねた。
入り口の近くに片膝を立てて座って、静かに寝息を立てている知らない男子生徒。


いつの間に入ってきたんだろう、まったく分からなかった・・・。


少し俯いた黒い前髪から覗く、長い睫。閉じられた目は、そう簡単に開いてはくれなそうだ。
傍には、学校指定の鞄と、難しそうな本が開いたままになっている。



・・・ど、どうしよう・・・っ!!