放課後、HRを終えてからしばらく、私は頭を抱えながら机に伏せた。
このあとどういう訳か水城さんとご一緒することになったことに、全力で頭を悩ませている。どうしてこんなことになったのか、本当にわからない・・・。

そう思いながらついに唸り出すと、昼休みの時と同じように、また教室の入り口から「宮崎」と通りの良い声で呼ばれた。



「どっち」
「こ、こっちです・・・」



教室の中の視線を一身に浴びながら、私は逃げるように学校を出て・・・。
そして「早く行こう」と言った水城さんに、言葉が出ずただ頷いて・・・商店街の路地を進む。

景色が珍しいのか、周囲を見渡しながらついてくる水城さん。



「あ、あの・・・ここです」
「・・・『リナリア』?」



商店街の外れ、ひっそりと建つ二階建ての木造の建物。
建物の前には白い小さな花がたくさん咲いていて、その手前に『カフェ リナリア』と落ち着いた文字で書かれた看板がある。これはおじいちゃんのお手製らしい。

まじまじと外観を見ている水城さんを横目に、深緑のドアを開けると、上についていた小さなベルがチリンと音を立てた。


「ただいま!」


落ち着いた内装に、二人用のテーブル席が4つとカウンター席が3つ。外から見たら大きい建物に見えるけれど、中はあまり広くない。
というのも、部屋の奥に陽の光を浴びながら悠然と佇む、大きなグランドピアノが置いてあるから。

一人で切り盛りするにはちょうどいい広さだな、とおじいちゃんが言っていた。


「おぉ、帰ったか。おかえり」


カウンター内でカップを磨きながら、おじいちゃんが笑った。


「おじいちゃんも、おかえりなさい」
「うん、ありがとう。ただいま・・・そちらは、お友達かい?」
「あ、え、っと・・・」


私の後ろから入ってきた水城さんに、おじいちゃんは目を丸めて、それからふと笑った。



「水城雪と申します。宮崎さんのピアノが聞く為に、無理言ってここまで連れてきてもらいました」



いつもの凛とした声が、私の後ろから聞こえた。

・・・助かった。「友達か」と聞かれたことに困ったので、助かった。
勝手に「友達だよ」と言うのも「友達じゃない」というのも失礼な気がして・・・。



「・・・そうかい。コーヒーは飲めるかい?」
「はい」
「じゃあ、こちらへ」


にこにこしながら、磨き終えたカップを置いてカウンター席を示す。
私はチラリと水城さんを見てから、そそくさとピアノのもとへ駆け寄った。

・・・このピアノを弾くのは、二週間ぶりくらいかな。

部屋の端に置かれている二人用の大きめのソファーに、スクールバッグを乱雑に投げる。
ピアノに掛かっているカバーの布を引っ張れば、その黒い体が光を反射した。


「ふふ・・・調律は昼間のうちに済んでいるよ」
「!・・・ありがとう、おじいちゃん」


思わず口角を上げてお礼を言ってから、私のことを横目で見る水城さんに気付いて慌てて顔ごと目を逸らす。


大丈夫大丈夫・・・ここなら私は、「弾いていい」んだから。



「ブレンド、深煎り、アメリカン・・・さて、どれがいいかな」
「コーヒーのことはよくわかりません」
「そうかい。じゃあブレンドにしようかね」



背後でそんな会話がされていることを気にしつつ、私はピアノの準備を進めた。