私のクラス復帰一日目が終了した。
はじめてかけた眼鏡のせいか、いつもより入ってくる動きが多いから
私の目は少しだけ音を上げていた。

-まぶたが重い。

なんちゃんの美術部への誘いは断って、その日は早めに帰ることにした。

下駄箱について、上履きと外履きとを履き替える。
外履きの爪先をならし履き終えると、担任の田崎先生が私を呼び止めた。

「おつかれー。」
「ちょっと、目が疲れました」
「偉かったな、今日一日ずっとクラスにいて。恋でもしたか?」

田崎先生の鋭いツッコミに、私は思わず「え?!」とオーバーなリアクションをとってしまい、田崎先生は声を上げて笑った。

「あはは、図星かー。いいなぁ若くて。」
「そんなに笑わないでくださいよ!先生だって、新婚でしょ!」
「そうだよー。俺の奥さんちょー可愛い」

からかったのにその先を行くちゃかし様に私は声を上げて笑った。
田崎先生も自分で言って自分で笑っていた。

「明日も教室で待ってるな、さようなら」

そう、言って田崎先生は職員室へと戻っていった。
届くかわからないけど、私も何時もより少しだけ大きな声でさよならを返して校門に歩き出した。

グランドには、運動部の生徒が集まっている。
サッカー、テニス、野球、陸上
いくつもの部活が、窮屈そうにグランドを割り振って
それでも、一生懸命にそれぞれの練習をしていた。

その中に…

-みつけた

…井島先生がいた。

青色が好きで上下青のジャージ。
背丈がとても高い訳じゃないから、生徒と同じ色のジャージでは、いつも生徒に紛れてしまう。

-でも、見つけられる

まるで私の目にセンサーでもついているみたいに、どこにいても、どんなに遠くても、井島先生が目に入ってくる。

-そういえば、耳も

聞こえてくる。
井島先生の声だけがクリアに私に一番に届く。

井島先生のいる部活エリアは陸上部だった。
授業を聞いているとサッカーを昔やっていたらしいのに、なぜか陸上だった。
通常は経験者がその部活の顧問をするという話を聞いたことがある。
指導する上で、そちらの方が効率がいいのだろう。

-井島先生は陸上の経験もあるのかなぁ

少しだけ井島先生の姿を見てから家に帰ろうと思った私は、花壇にちょっとだけ腰かけて、井島先生を見ていた。
目は疲れているし、体力も何時もより消耗してるからはやく家に帰りたかったのに
私の心のわがままは体を疲れも感じさせなくなっていた。

陸上部は休憩に入ったのか、一旦集まった部員たちは各々散っていった。
井島先生は男子生徒とじゃれている。

-かわいい

遠くで男子生徒と一緒にお互いを小突きあったり、笑ったりしている先生を見ていると私の前を女子生徒達が歩いていった。
制服の校章の色が先輩だったので、私は少しだけうつむいた。
先輩たちはわいわい騒ぎながら私を通りすぎていったので、私が顔を上げて井島先生を見ると
ちょうど井島先生もこっちを見ていて、私に気づいてくれた。

井島先生は右手をまっすぐ上げて左右にブンブンと振った。
子供みたいなその行動に、私も右手を上げて先生よりは少しこぶりに手を振った。
先生は私の返事を見てから視線を部活動に戻した。
私は花壇から立ち上がり、スカートを軽くはらってから校門に向かった。

校門を通ると、細い道に続く。
その先には先生達の駐車場があって、井島先生の青い車もそこにある。
私は、直接言えなかった「さよなら」を車に心のなかで伝えて大通りに出ようとした。

細い道と大通りとの境に、さっき私を横切ったはずの先輩の一人が立っていた。

「ねぇ、名前は?」
「あ、えっと…」

突然の事に私が戸惑っていると、先輩は一歩近づいてきた。
私は一歩下がりたかったけど、それはそれで理由を問われそうで動けなかった。

「なまえ、無いの?」
「…っ。木村…愛海です」
「……。そう、負けないから」

私の名前を聞くと、先輩はその場を去っていった。
負けないとは何についてなのか聞けなかったのが気になるが、追いかける勇気もない私はしばらくそこにたたずんで、ゆっくり歩き出した。