次の日、私はある対策をとって教室に向かった。
いつもはただ下ろしている髪をポニーテールに縛り上げ、伊達眼鏡をかけた。

少しでも、妹と違うように
私というイメージを眼鏡とポニーテールにかけてみた。

朝、教室に行くとガヤガヤとした雑音が広がっていた。
皆はそれが普通なのか、特に気にする様子もなくその雑音に紛れている。
私は、おかしなところがないか内心おどおどしながら自分の席に向かった。

鞄を横にかけて、椅子に座る。

普通の事をしているだけなのに、いつもはない眼鏡のせいなのか少しもたついてしまった。

-よかった。みんな私を気にしてない。

ずっと教室を避けていた私にクラスメートがどんな反応をするのか不安だったけど、何事もなく席につくことができた。

「まなみちゃん」

突然前の席の子が後ろを向き、私に話しかけてきた。

「は、はい!」

私はビックリして、ずいぶんと変な声を出してしまった。
しかし彼女は笑顔になって体を横に向け、上半身はほぼ私の方に向けた。

「木村愛海ちゃん。 まなみん って呼んでも良い?」
「え?」
「あ、嫌だったかな…。竹下さんとごっちゃになっちゃうからなぁ、と、思ったんだけど」
「い、嫌じゃない。嫌じゃないよ」
「よかったぁ。私は月野七子。なんちゃんとか、なんこつとか呼ばれてる」
「私も、呼んで良いの?」
「 ? もちろんだよー」

月野七子ちゃん。
この子も小学校からこの学校にいる女の子だ。
おかっぱ頭に細身の長身。
どちらかというと文系の雰囲気を持つ子だ。

「まなみん。なかなか教室に来ないからあんまり話したことなかったけど、同じ美術部なんだよ。今度一緒にいこう」

彼女の誘いに私は少し戸惑い曖昧に笑った。
この学校は何らかの部活に所属してないといけないから、そうゆう子の集まり場としての美術部に入部しただけだったが、妹も同じ考えだったのか
先輩たちには双子で入部したということでかなりの話題になっていて、私たちは最初、クイズのように毎回名前を使われていた。

そんなことがあり、私は美術部に行くことはなくなっていったのだった。

七子ちゃんのことは なんちゃん と呼ぶことにした。
なんちゃんは朝のホームルームが始まるまでいろんな話をしてくれた。
最近クラスであった事、授業がどこまで進んでるのかということ
知っていなければならないクラスのきめごとのあれこれ。

気がつけば、私も朝の教室の雑音のひとつだった。


チャイムがなって、担任が来るとクラスの雑音はフェードアウトしていった。
号令係が声をかけて担任と挨拶をする。

立って、礼して、座る

みんな同じ行動。速度、音。
ずっと、やってきたことなのに
離れたあと後ろから客観的に見ると可笑しくて、一番後ろの席なのを利用して少し笑った。

私のクラスは何故か真ん中の列だけ、机がひとつ多かった。
横がいない。
漢字の凸を上下逆にしたように、私の座る席だけがひとつ後ろに下がっていた。

-違うところから、この教室を見てるみたいな感じだ

隣の席の子がいないのは少し戸惑うけど、前のなんちゃんが優しくしてくれて
私のクラス復帰は成功した。


ホームルームが終わると、また教室は雑音に包まれた。
コロコロ変わる教室の表情は面白い。

一時間目は担任の担当の授業だったからか、担任の田崎先生はそのまま教室にいるクラスメートとじゃれていた。

田崎先生は数学の先生。
なのに、背は高くて、筋肉もそれなりにある。
言動もどちらかという体育会系の熱血先生だ。それでも、どこか癒し系の大型ワンコのような先生。

クラスメートはそんな田崎先生が好きらしく、からかったり、からかわれたり、そんなことを繰り返してずっと笑っていた。

チャイムがなって、授業が始まっても穏やかな雰囲気は変わらずに
みんながよく笑う授業だった。

いきなり誰かを指すような時も、ちゃんと生徒を見てわかりそうな子を当てる。
田崎先生はそんな気配りのできる、
先生というより頼りになる お兄さんという感覚が近いかもしれない。

授業が終わると、田崎先生は私のところに来て小さくおかえりと言ってから教室を出ていった。
私は突然のことに声がでなくて、勢いよく2回も頷いてしまった。

-返事もできないし、2回も頷くし、意味わかんない子だな。私は。

そんな自分の行動を悔いていると、前の席のなんちゃんが振り向いた。
田崎先生の真似をして「おかえりー」と良言いながら頭を撫でてきた。
私は田崎先生に返せなかった分もなんちゃんに「ただいま」と返事をして二人で笑った。