「どうしたの?眠くなった?それとも体調が悪いの?」

 そう聞いてくる彼女に、私は頭がぼさぼさのままで首を振る。そして、きっぱりと言った。

「唯子、本当におめでとう。だけどお祝いはまた改めてにさせてくれる?飲みに行こうよ、それで、たっぷりノロケ話も聞くからさ。私は悪いけど、今からちょっと出かけるから」

 え?と唯子の声が上がる。

「今から?どこへ?」

 私はゆっくりと笑った。

「彼氏のとこ」

 喧嘩してたの。もう二人は終わりかと思ってしまってた。だけど今、唯子の話を聞いて思い出したから。そう言いながらバタバタと外出準備をする私にむかって、コートを着ながら唯子が聞く。

「思い出した?何を?」

 髪に櫛を通して形だけは整える。普段はコンタクトだけど、今はメガネでいいや。それから財布とスマホと・・・。立ち止まらずに準備をしながら、私は唯子にむかって答えた。

「最初の魔法よ!」

 視界の端で、彼女が首を傾げるのが見えた。だけど手を止めずに私は準備を続ける。そして、追い立てるようにした唯子と一緒にマンションを飛び出した。

「何だかよくわからないけれど」

 冬の夜の町を早足で歩く私にあわせながら、唯子が言った。

「でも朝美、なんかいつもより綺麗な気がする。化粧もしてないし、髪だって洗いたてそのままなのにどうしてかしらね」

 私は笑って、彼女に手を振った。タクシーを捕まえて座席に体を滑り込ませる。彼の部屋の住所を告げて、見送る唯子に窓から笑顔を見せる。