あたしは一人、受話器を耳から遠ざけて深呼吸をする。ゆっくり、ゆっくり。そう、大丈夫よ。自分の言った言葉に取り乱したりしない。ワインを飲んで、落ち着くの。


 ごめんね、ちょっとワインを飲んでて。そうそう、酒飲みなのよ、ふふふ、知ってるでしょう?ねえ、そういえば――――――・・・え?うん、はい、どうしたの?急にそんなハイテンションで。

 え?

 ・・・そう、なんだ。一体いつの間に?でも・・・うん、それは素敵ね、おめでとう。きっと皆喜ぶわね。うちの会社でも拍手が起きると思うよ。だってあなたは評判もよかったから。だから他の会社も紹介したんだし。・・・ええ、はい、判りました。とにかく、おめでとうよね。あたしも・・・嬉しい。


 弾んだ彼の声が受話器から聞こえる。何てことない世間話、それをするつもりで電話をかけて、だけど今日はタイミングが悪かったらしい。

 さっき届いたメール便の中身は、彼が請求した戸籍謄本。彼は彼女との結婚を決めて、つい先日にプロポーズを受けてもらえたと嬉しいそうに話す。謄本が届いたことで、話が現実味を帯びたようだった。まるで部屋中を飛び回っているかのような、はしゃいだ声で彼は話す。彼の幸福感が上がるのに反比例して、私の体温はどんどん下がっていった。

 私は唇をかみ締める。おめでとうと何回か繰り返して、あら、もうこんな時間、と呟いた。


 いつもありがとう。今晩も、あなたのお陰で胸がすっきりした・・・。はい、お休みなさい。ゆっくり寝てね。結婚式?あ、そうよね・・・招待状をくれるの?ありがとう、予定を調整するね。ええ、彼女にも・・・宜しく伝えて下さい。