「よくこうやってるの?」
「うーん、たま~に、ですかね。最後まで残ってしまって一人になった時だけ、なんで」
「今日はたまたま私がいたけど」
「そう、もう帰ったと思ってたんで、本当にびっくりしました」
「10時には出ないとね。お金も出ないでしょ。課長に叱られるのも鬱陶しいし」
「そうですね、だからここに座るときは、いつも夜の10時です」
へえ、そうなんだ。
私は口に出さずに心の中で思った。
夜の10時には、牧野さんはここに座っていることがあるのか、って。
「ここに座って景色を見てるの?」
私がそう聞くと、彼はちょっと黙ったあとに、前を見たままで言った。
「・・・はい。田舎から出てきてて、疲れた時や遅くなった時にここから景色を見てます。都会だって光景でしょ、ここの眺めって。一人で座ってぼーっと見ていると、その内気分が良くなってくるんです」
「あー、それは、何かわかるかも・・・」
パンプスは放り出したままで、私も絨毯に座っていた。
目の前には都会の夜景が広がっている。車のライトが動く下の世界を見下ろせば、ビル風で街路樹が大きく揺れているのも見えるかもしれない。だけどここは地上から22階分高い場所で、目の前の光景だけでは風の強さなどは判らなかった。
まだ明りが残る同じような高層ビルがいくつもある。その中の人の動きまで見えるほどの距離なので、気にしたことなどなかったのだ。いつもはこの風景の中で、どれだけの人が働いているのだろう。どれだけの感情が表れては消えていくのだろう。普段は考えないそんなことを思って、私はただぼーっと夜景を見ていた。



