男はにっこりと笑顔をはりつけて、目の前の鉄のドアがあくのを待った。ほら、彼女のスリッパの音だ───────長く付き合っているほうは家の中でスリッパははかない。いつでも裸足で猫のようにしなやかに緩やかに歩いてくるので独特の音がする。

 裸足は色気がある、だけど、スリッパもいいな、と男は思っていた。何だかかわいらしいじゃないか?って。

 ドアが開く。音をたてて開いたその先の空間へ向かって、男は微笑みを投げかけた。

「お待たせ、迎えにきたよ」

 いつものようにふんわりしたパステルカラーの服に身を包んだ類が、にっこりと笑ってそこに立っていた。

「ごめんなさい、祐司君。それが今日は用事が出来ちゃって」

「え、用事?」

 男はパッと笑顔を消して顔を顰める。何だって?用事?だって今日は約束してたじゃないか。だからあっちにも都合が悪いと仕事の言い訳をしてきたのに──────

 すると類は更に大きくドアを開けた。その時、その隙間から、別の美しい顔が覗く。

「ユージ、悪いわね。彼女は今日私とランチに行く事にしたようよ」

 男は仰天して、目も口もぱかっと開けた。

「ま、雅──────」

「さよなら、バカ男」

 雅美がそう優雅かつ冷たい声で言い、隣で類がにっこりと微笑んで指先だけをヒラヒラと振る。

「バイバイ、祐司君。あなたって最低だったのね」

「あの───」

 バタン!

 強烈な音をたてて、ドアは男の鼻先で閉まった。





・「彼は私のもの」終わり。