急いでトイレに駆け込み乱れた服を直す。
怖かった。
怖さで電話の事を忘れ、スマホを握りしめる。
「…はぁー…」
電話の音は止み、私のため息だけが響く。
なんで?何があったの?わかんない。
戻りたくない。
またあんな事があったら…。
背中に悪寒が走った。

〜♪

もう一度電話が鳴り、出るのを忘れていたことに気がつく。
『岩淵先生』
スマホにはそう表示されていた。
その時、初めて電話の相手が岩淵先生だと知った。
助けてくれた?
いや、もしかしたら、意味わかんないメールしてくるんじゃねぇっていうお怒りの電話かも…。
でも、とにかく出た方がいいんだよね…?
恐る恐る通話ボタンを押す。

『大丈夫か?!何があった?』
電話からは大分取り乱した岩淵先生の声。
「大丈夫…です。」
何故かその声に妙に安心して、目から大粒の涙が溢れ出す。
『…泣いてるのか?ゆっくりでいいからとりあえず泣き止め。』
口調は悪魔なのにすごく優しい声でなんか変な感じだ。
「…先生。…なんで電話…?…怒ってるんですか?」
怒ってるようには聞こえない。
でも、あの悪魔が助けてくれるなんて…。
『は?何言ってるんだ。助けてってメールしてきたのはお前だろうが。』
あまりにも意外な言葉に私は言葉を失う。
『もしもーし。…とりあえず大丈夫なのか?』
「あ…大丈夫…です。先生が電話してくれたから…。」
大丈夫ではない。怖かったのには変わりない。
でも、先生が助けてくれた。
悪魔のくせに、1番助けてくれなさそうだったのに、怒るかと思ったのに…助けてくれた。
そう思うと涙は止まるどころか一層溢れ出した。
『泣くなー。よしよーし。』
慰めているのだろうが、あまりにも下手くそすぎてふっと笑いがこみ上げる。
『お前…泣いたり笑ったり忙しい奴だな。』
その言葉が可笑しくて声を出して笑う。
「凄い笑い声聞こえるけどどしたのー?」
声が大きすぎたのかミキが不思議そうにトイレのドアを叩く。
「ちょっと…友達との電話面白くって!」
岩淵先生と電話してると言っていいのか分からず言葉を濁す。
「そーなんだ〜。私もトイレ入りたいから出たら教えてね〜」
眠たそーなミキの声が聞こえる。
「はーい!」

『今のってミキさんの声?』
「あ、はい。」
『ミキさんは大丈夫なの?』
ミキは寝てないから大丈夫…だよね。
「はい。大丈夫です。」
『そっか。2人とも無事ならそれでいいんだけど。』
無事…?
「…私は…無事じゃないですよ。」
『…?』
無事という言葉がやけに引っかかった。
「…実は…」

その後、私はさっきあった出来事を全て話した。
私は話しながら少し泣いてしまったが、岩淵先生は戸惑いながらも最後まで話を聞いてくれた。

『…よく耐えたな。すぐに助けてやれなくてごめんな。』
その言葉に止まっていた涙がもう一度零れ出す。
『今部屋に戻って大丈夫なのか?その…ふみって男子まだいるんだろ?』
そうだ。すっかり忘れていた。
部屋に戻ったらまた何かされるかもしれない。
怖い。どうしよう。
また泣きそうになる。
『とりあえずミキさんに話せ。そいつミキさんの友達なんだろ?』
「…え?」
でも、いつ話せば…
『さっきミキさん、トイレ入りたいって言ってたよな?』
何。突然変態発言?
「何。突然変態発言?」
『は?』
あ、また声に出てた。
『違ぇわ。ミキさんがトイレ終わるの廊下で待ってて、出てきたらその時に話せばいいだろ。』
「あ、なるほど。分かりました。」
変態じゃなかった。
『分かったらいい。…少しは落ち着いたか?』
気づくと涙は止まっていた。
『落ち着いたみたいだし、電話切るぞ。』
「あ…」
何故か切りたくなかった。
怖いから?
違う。もう少し声が聞きたいと思ってしまった。
『ん?どした?また泣きそうか?』
「あ、いや。そうじゃないです。なんでもないです。」
黙ってしまう私に先生は
『そっか。まあ電話番号保存しといていいから何かあったら連絡しろ。』
そう言って電話を切った。
また電話してもいい。
その言葉が何故か嬉しかった。

「亜子ー電話終わった??漏ーれーるぅー」
「あ、ごめん!今終わったから出るね!」
ドアをあけるとミキが私の目をじーっと見てきた。
「…目赤い。」
泣いたの気づかれたのかな…。
「ミキ…トイレ出てくるの待ってるから…話聞いてもらってもいい?」
「…いいよ。少し待ってて!」

ミキが出てくるまであまり時間はかからなかった。
でも、その短時間でいろんなことを考えた。
ふみくんに犯されて怖かったこと。
ミキに気づいて欲しかったこと。
そして、岩淵先生が助けてくれたこと。

頭には岩淵先生の声が響いていた。