頭ではわかってた






早くここから去った方が良いこと






あの3人から目線を外した方が良いことも






それでも動かない私の視線の先、ひとりの影が動く






周りのざわめきが少ないせいか、彼女のヒール音がここまで響いてくる






彼女が彼に近づく度、キリリと痛む私の胸






「……」






それでも私は周りの“観客”と共にじっとそのシーンを見つめていた






「あっ…」






ヒール音が途絶える






彼女の身体が傾く






倒れそうな先にはもちろんあの人






その光景が自分の時と重なった






繁華街での買い物中、強く押された私は彼の広い背中に飛び込むようにして倒れ込んだ






その時彼は抱きとめるどころか手を貸すことさえしなかった






そして告げられた言葉は…











『大丈夫か?』

『……ん』











「……なんで…」






どうして?

どうしてそんな優しそうな顔…






「……っ」






…胸が…痛い






視線の先の柊雅さんはゆっくりと倒れ込んできた彼女を支えて立たせる






無表情だけど、冷たさのない視線を向けて






「ひゅー」

「悔しいけど…お似合いだわ」

「若様も優しくなったな」






私はこんなものを見るために外に出てきたの?






柊雅さんは私をあの部屋から出さずに何がしたいの?






餌は与えてやるからペットは大人しく留守番しとけってこと?






「那夏ちゃーん?
もう行くのー?」






「……時間の無駄だった」






目元に溜まる涙を隣の男に見せないように背を向けて、足早にその場から離れる

















『……触るな』




「…っ」




頭の中であの日の言葉がリピートされる度






あの日の冷たい目が思い出される度






泣きそうなほど胸が押しつぶされる






この辺り一帯を仕切る漆黒の彼は






やっぱり遠い遠い存在だった