「佐伯、今家か?」






「そうですけど」






「そうか、なら良かった。」






「……。
何かあったんですか…?」






全く真意の見えない質問に頭をひねる






「…いや、起きたっていうか…
事件とかではないんだけどな」






「……?」






「あ、お前に一つ言っておく事がある」






「……何ですか?」






「……今日は絶対に繁華街に行っちゃ駄目だぞ?」






……昨日行ったこと、もう知られてるんだ…






そりゃあそうか…
うちの学校の生徒なら繁華街にいて普通だから見られていたとしてもおかしくはない






「…そりゃあ出来れば普段から行って欲しくないが、お前らが頻繁に行ってることは知っているしな〜。だから、『もう二度と行くな』なんて言わない。





ただ……今日は、今日だけは行っちゃ駄目だ。家にいなさい」






「………」






「返事は?」






まるでお母さんのように返事を求めてくる先生に伝わったのは






「……はい」






何の感情もこもっていない、口から漏れただけの私の“声”






「要件は以上だ」






脳内の危険信号が微かに鳴っている






学校側から「繁華街に行くな」と言われたのは今日が初めてで






「ふぅ〜」






向こうが受話器を置いたことによりプー、プー、プーと無機質な音が流れてくる携帯をしばらく耳に当てていた私は






ガシャンッ






通話画面が自動的にホーム画面に戻り、電源が切れたのを合図に







素早くジャケットを羽織り、重たい扉の鍵を閉めた後、ヒールの音を響かせて歩き出した






外はもう日が落ちる寸前で、空は私の瞳と同じ暗くて何も映さない藍色をしていた