庭の片隅に、黒という印象強い一人の姿が、柵の内側に立っていた。彼女に気付く前に、ミルは嬉し涙を零しながら、今の怒りを忘れ、颯爽と彼の元に走り出した。

彼も気付いたのか、それを受け止められる体勢でそちらに振り向く。強く抱きしめられたまま、暫くの間止まったように時が流れ、フェイがその腕を解くと―――


「ミル、暫くはここにいる」

「暫く…は?ずっとじゃないの?ずっと側にいてくれるんじゃないの!?」


嬉し涙はすぐに哀しみに変わり、淋しげな潤んだ瞳が、押し殺している感情を破ろうと膨れ上がり、それでも必死に抑えて、顔を下に向ける。


「………ずっとは…、いられないんだ…っ!」

「私、無理矢理婚約させられるのよ!?

助けて!私を護ってよ!」

「………ごめん」



「お嬢様?お怒りはわかりますが…」


部屋の中から庭に出てきたグラウンが、二人の接触に気付き、はっと驚いた表情でこちらを見た。ミルがそれに気を取られているうちに、フェイは物陰に隠れて、そこから見られないように遠ざかっていった。


「フェイ!フェイ!!」

彼が消えた空間に連呼するその名前は、無性にも虚しくさせるだけだった。

執事は今の事について、何も詮索はせず、彼女を連れて部屋の中へと戻った。寝室に入った途端、悲しみが感情の器から零れ出し、ベッドに向かって泣き付いた。


「お嬢様…」


執事のグラウンは、ただそれを見ていることしか出来なかった…。