パンプスとスニーカー

 「あ、…ああ。契約事項の確認はしなくていいの?」

 「このあと、北条君のご家族にお会いして、恋人のフリをして、夕食を一緒すればいいんでしょ?今日だけでいいんだよね?」

 「ああ」 

 「なんか、それだけでこんなにしてもらって…」




 こんな…で、ひまりが、シャギーを入れてゆるく巻いた自分の髪を指に巻きつけ、目の前へと翳す。




 「ご馳走までしてもらうだけで、お金までもらっちゃうなんて逆に恐縮しちゃうけど」

 「それだけ、俺にとっては死活問題ってことで」

 「…そうだね」




 実際、人生がかかってる。


 下手な人間に頼んで揺すられたり、吹聴されたりする面倒を考えれば、武尊にとっては安い出費だ。




 「3万円+交通費替わりにそのワンピースと靴?」

 「交通費?」




 交通費もなにも、武尊の家族との会食は、大学からほど遠くない繁華街のフレンチレストランとかだそうで、二人が買い物に練り歩いたこの界隈のすぐそば、特にどこに移動する必要も手間もなかった。




 「女の子を飯に誘うのに、車もナシだから」

 「はは、こ~んな格好して、北条君に送られて友達の家になんて行ったら、それこそ面倒なことになっちゃうもん。電車があるんだから大丈夫」




 おそらく武尊も自身の祖母や姉を実家まで送ることになるだろうし、ひまりとはその場で現地解散ということになっていた。




 「いや、タクシーは呼ぶよ。もちろん、タクシー代も別途払うし」

 「いやあ、それじゃあ、交通費にならないじゃない」




 いい、いい、と手を振るひまりと、また押し問答になりかけ、とりあえず今は武尊が引く。


 大人しそうな見かけとは裏腹に、案外頑固で、一つ納得させるにもかなりの労苦を必要とする女だということがこの短い間に武尊にもわかってきていた。


 …なんか、意外なところばかりだ。