「ありがとう。……ねえ、和樹。
おやすみなさいのキスは安眠できて目覚めも良いのね。
毎晩お願いしたいわ」
「ゆうべのは…消毒でございましたが…。
毎晩、でございますか?
……かしこまりました。
私の心臓が壊れなければ承ります」
「あら、和樹は心臓が壊れるの?
私は締め付けられる感じがしたわ。
でもおやすみなさいのキスは、そういうのをゆるめてくれたのよ。
魔法を使ったみたいだったわ」
「……お嬢様。
貴女という人は……少女のように純真無垢でございますね。
今までそういう経験をされていないので、ご自身の気持ちに戸惑われているのでしょう。
魔法ではございません。
私は心を使っただけでございます」
「……そう、心…を。
毎晩使ったら、壊れてしまうかしら」
「慣れれば鍛えられて丈夫になるでしょう…。
大丈夫でございますよ」
「ふふ……じゃ、お願いね」
「はい、かしこまりました、お嬢様」
「でも…あの心が締め付けられる感じは、なぜ起きたのかしらね…。
嫌な感じではなかったわ。
ゆうべも考えてしまったのだけれどね、
私のそばで私に触れるのは和樹だけだし、
この歳までお互いに独身なら生涯一緒にいるのはたぶん和樹しかいないわよね。
当たり前のことを言われただけなのに、変よね私」
「お嬢様がお分かりにならないのは、
思春期にそのような機会を作って差し上げることを怠った私のせいでございます。
そこまでお分かりにならないとは……存じ上げませんでした。
申し訳ございません」
「あら……和樹のせいではないわ。
世間知らずな私のせいでしょう?
そう……普通はみんな10代で経験することなのね。
じゃあ変じゃないわね、遅すぎただけじゃない。30年ほど。ふふふ…。
あの時みたいなものよね、高校生の時に、電車の切符の買い方と改札の通り方が分からなくて、お友達に笑われて泣いたことがあったじゃない?
あれも、経験していなかったから知らなかっただけだったわ。
だから、決して和樹のせいなんかじゃなくってよ?」
「お嬢様。……ありがとうございます。
これから、少しずつそう言うこともわかるように致しましょう」
どうやって?
……そう、思ったけれど、何となく聞けなかったのよね。
空気を……読んでみた私だった。


