私はジャズ風アレンジを一曲だけ弾いて、今日は帰ることにした。


「雪恵ちゃんのムーンリバー、今度は弾き語りでお願いしたい……けどダメだよなー残念」


「ごめんなさいね西島さん。
減るもんじゃないんだし、私は構わないんだけど」


「いいえ、雪恵様の美声は、場所を選ばなければすり減ってしまいます」


「ふふふ……和樹にだけ聴いてもらえればいいのよね。
うちのホールでたくさん聴いてちょうだいね」


「はい、いくらでも」


「はぁ……ったく。
こんだけ甘ったるいのになぁ、何やってんだよ花村。
雪恵ちゃん、花村は大学の頃から…『西島!(余計なこと言うとぶっ殺すぞ)』
………おー、怖い怖い。
黒帯の鉄拳が飛んでくるかと思った。目で殺されそうだわ。

ま、気を付けてお帰りください、だ。

本日はご来店誠にありがとうございました」


「今日も楽しかったわ。ありがとう。おやすみなさい」


「おやすみなさい、雪恵ちゃん」


あら……西島さん、今夜は欧米式?
ほっぺにチュッはあまりなれていないのよ私。




店を出ると手配してくれたタクシーが待っていて、寒い中、歩かずに済んで助かった。


ん?和樹、お顔が怖いわよ?


「お嬢様は、隙がありすぎます。
私以外の男性に、気安く触らせてはいけません。
後で消毒しなければなりませんね」


私の頬を撫でながら、悔しいのか悲しいのか、なんだか複雑な顔をしている。


「和樹……。西島さんはアメリカナイズされたミュージシャンでもあるから、
挨拶もあちら風なだけよ?
私は気にしてないわ。馴れてないから少し驚いたけれど」


「彼のさっきのアレは、挨拶以上に下心が丸見えでしたでしょう?
お嬢様はそういうことに疎すぎます。
男はみんなケダモノなのですから、少しは警戒して頂きたいものです」


「そう?……でも和樹はケダモノではないわ」


「………………」