冷たい彼の情愛。

 
笑うのを止めた私たちは数秒ほど見つめ合った後、どちらからともなく頬を緩めた。

そして、周りに聞こえないように、こそりと会話を交わす。


「……怒られちゃったね」

「……はい、怒られちゃいましたね」


再び、彼と声を出さずに笑い合った。

彼の外見は私よりも年上だろうと思わせるくらい大人っぽい雰囲気を持っている半面、話してみるとすごく人懐っこい印象。

その人懐っこさを示すように、にっと歯を見せて笑った彼の笑顔は太陽みたいに眩しくて何の曇りもなくて、何か素敵な人だな、という感情がその時初めて生まれた。


「……じゃあ、俺、行くね」

「あ、はい」

「人にぶつからないように気を付けてな?」

「はい。あなたも」

「くくっ、うん」


「じゃあ」と右手をヒラヒラさせて去っていく彼に、私も小さく手を振った。



……この時からだったと思う。

彼のことが気になり始めたのは。

彼はいったい誰なんだろう?

名前は? うちの大学の学生? 学部は? 学年は?

……また彼に会えるかな?

こうして、私の図書館に行く理由の中に、「彼にまた会いたいから」という理由が増えたんだ。


……でも、現実はそんなに甘いものではなくて。

欲を持ち始めた途端、叶わなくなるのが現実。

週一で出されるレポートをこなすという名目で、週に2回ほどのペースで図書館に通っていたけど、彼と最後に会った日から1ヶ月近く経っても彼に会うことはなかった。

図書館に行くたびに、彼のことを考えてしまう私がいる。

彼に会いたいな、彼の笑顔を見たいな、って。

でも、偶然ぶつかってしまった人なんだし、偶然なんてそう続くものじゃないんだから、期待するのはやめた方がいいのかもしれない。

私は彼に会うことを、少しずつ諦め始めていたんだ。