稲葉くんのことが好きって気持ちはどこまで膨らんでいくのかな……と未来を想像していると、稲葉くんが私の手をするりと取った。
「!」
その熱と視線に私の心臓の鼓動がさらに速度を増し、身体中が熱を持っていく。
……こういうのも、普通になるんだ……。
手が触れただけでこんなにも鼓動が速くなるのに、これから先、私はどうなっちゃうんだろう……。
稲葉くんは私のことをじっと見つめながら、口をゆっくり開く。
「……あのさ」
「は、はい……」
「ひとつ、お願いがあるんだけど……」
「……?」
言いにくそうにしている稲葉くんの様子に小さな不安が生まれながらも、私は首を小さく傾げる。
「付き合ってること、周りには秘密にしてもいいかな?」
「……秘密?」
想像すらしてなかった言葉に、思わず聞き返してしまう。
「あ、いや、変な意味じゃなくて、さ。俺、あんまり堂々とするの苦手なんだ。……ダメかな?」
私の反応を窺うように稲葉くんが問い掛けてくる。
私は男の人と付き合うことが初めてだしあまりよくわからないけど、そういうものかもしれないと稲葉くんの言葉を受け入れることにした。
「……ううん。大丈夫です」
「ほんと? 良かった」
安堵した笑顔が稲葉くんに浮かぶ。
コツン、とおでこ同士がぶつかる。
「!」
「……堂々とはできないけど、ちゃんと大切にする。だから俺のこと、もっと好きになって」
「……はい……っ」
こうして、私たちはお互いのことをほとんど知らない状態で付き合い始めたんだ。