冷たい彼の情愛。

 

辿りついた場所は、稲葉くんとぶつかったところから歩いて3分もかからずにある場所。

はじめて見る光景を私はゆっくりと見渡していた。


「知ってた? ここ」

「いえ……。こんな場所あったんですね」


書庫の奥にある狭い通路を進んだ先には、書庫の薄暗さとはうって変わって眩しいほどの空間が広がっていた。

そこは、キラキラと太陽の光が降り注ぐウッドテラス。

公園でよく見かけるような木製のテーブルとベンチが設置されてあるけれど、きちんと手入れされているのか古めかしさは一切感じず、外の木々の青さと相まって何だか落ち着く空間だ。

こんな場所があったなんて、全然気付かなかった。


「穴場なんだよね。他の人には内緒ね」

「! あ、はい」


唇に人差し指を当てて“内緒”のポーズをした稲葉くんが笑いかけてくれ、私は「内緒」という言葉とその笑顔に胸をきゅんとさせながら頷いた。

今まであまり意識したことはなかったけど、女子の“秘密好き”は誰にでも共通に当てはまるのかもしれない。

それにしても、本当にここ、すごくいい感じ。

落ち着くし、穏やかな気分になれる。

ここでボーッと過ごせたらきっと幸せだな……。

つい時間を忘れて空や木を仰ぎ、青々とした葉を揺らす心地いい風に吹かれていると、稲葉くんが問い掛けてきた。


「聞きたいことがあるんだけど、いい?」

「あ、はい」

「名前、教えて? 俺は稲葉縁(いなばえにし)です」

「えっと、私は花丘咲世(はなおかさよ)です」

「花丘さん、か。やっと知れた」


彼のホッとした表情を見ながら確信する。

「稲葉縁」。

同じ名前で同じ顔の人間が同じ大学にいる確率は、限りなくゼロに近いはず。

やっぱり、講義室で見たのは彼だったんだ。

でも、何でこんなにも印象が違うんだろう。