「……はぁ~。エリート集団の視線って怖いね。いやでも一瞬焦っちゃったけど、咲世のおかげで稲葉くんのイケメンを真正面で拝めたしラッキーかも。もう二度とこんなことないよ」
「……」
「咲世? 聞いてる?」
「あ、う、うん……」
私は稲葉くんの綺麗な横顔に向けていた目線をそらし、美紗子の問い掛けに頷く。
「ね? 一度見たら覚えちゃうくらいカッコいいでしょ?」
「……うん。そうだね」
何となく、稲葉くんと図書館で会ったことがあることを口に出すのを躊躇ってしまって、私は美紗子の言葉にただ頷くだけだった。
たったの2回しか会ったことがなくて、しかも、ただぶつかってしまっただけの人。
2回目に図書館でぶつかってしまった時には彼は私に気付いてくれたとは言え、彼の中に私の存在がないことは容易に想像できる。
なのに、彼が私のことを覚えていない様子に、確かにショックを受けている私がいたんだ。
それからの私は、稲葉くんのことが気になって仕方なくて、講義が始まるまでの間や終わった後、こっそりとつい彼のことを何度も見てしまっていた。
けれど一度も目が合うことはなくて。
笑顔がないわけではないけど、私の知っている稲葉くんのあの眩しい笑顔を見ることもなかった。
それは次の週の講義でも同じだった。
どうしても、稲葉くんのことが気になって気になって仕方ない。
……どんどん、私の頭の中が稲葉くんのことでいっぱいになっていく。
頭から離れなくて、会いたいと思ってしまって、1年なら同じ教養の講義を受けているかもしれないと気付いた私は講義に行くたびに辺りを見渡していた。
でも、その姿を見ることはなかった。
単純に受けている講義が重なっていないだけだというのに、彼に会うチャンスは私にはないんだよ、と言われているようで、何だか悲しくて。
イメージや単なるすれ違いだけで決め付けるのは好きじゃない。
でも、そこにははっきりと、彼とは違う世界に居るんだなぁと感じてしまったのも事実。

