冷たい彼の情愛。

 
会えて嬉しいのに、胸がきゅうって締め付けられて何だか泣きそう……。

何? この感覚……。

それに、会いたいと思っていた人に会えた嬉しさは確かにあるけど、違和感もあって。

今私の目に映る彼は図書館の彼のはずなのに、何となく彼の雰囲気が違う気がするんだ。

図書館の彼よりも……、もっと、大人っぽくて遠い存在に感じる。

部屋の明るさや周りの光景が違うせい?


「……」

「咲世?」

「えっ? あっ、うん!」


美紗子の呼び掛けに想像していたよりも大きな声で答えてしまったらしく、講義室の中心に集まる法学科の人たちの目線が入り口にいる私たちに向けられる。


「ちょっと、咲世っ! 声大きいよっ」

「あっ、ご、ごめん……」


視線を向けてくる法学科の人たちに向かって恥ずかしそうに「すみません」と頭を下げてくれる美紗子に悪いなと思いながらも、彼……稲葉くんから向けられた視線に私は囚われていた。

稲葉くんは少し驚いたような表情で私のことをじっと見ていて、まるでふたりの間の時間が止まったかのように感じた。

そんな何分にも思えるような時間が数秒ほど経った頃、稲葉くんは何事もなかったかのように私からふっと目をそらし、周りの人たちと再び会話を始めてしまった。

それとともに、私たちの方を向いていた法学科の人たちの目線もばらける。

……あれ? 気付かなかった……?

それとも、私のことを覚えてないのかな……?