講義室に到着し、話し声や笑い声の聞こえてくる講義室をひょこっと覗き込む。
すると、美紗子が私の腕をくいっと引き、こそっと耳打ちしてきた。
「あっ、稲葉くん、いるよ! あの法学科の集まりの中で一番目立ってる男子!」
「え? ……。」
美紗子の指差す人物を見た途端、私はぴたりと動きを止めてしまっていた。
男子数人と女子数人が集まる中で、入り口から一番遠い場所にいる人。
周りの人には失礼な言い方かもしれないけど、明らかに周りの人とは違うオーラを纏っているその人物から、私は目を離すことができなかった。
でも、私の目を捕らえる理由はオーラではなくて……。
……うそ、あの人って……、図書館の人、だよね……?
私の目に映るのは確かに見たことのある人だった。
それは大学構内ではなく……図書館のあの薄暗い書庫で。
あの人、“稲葉縁”っていうんだ……。
彼がここにいるっていうことは、法学科の1年生ってことだよね……?
知りたいと思っていた彼の情報が、一気に私にインプットされた瞬間。
どきん、どきんと心臓の鼓動が速まっていき、身体が熱くなっていくのを感じる。

