「いいから、荷物持ってやるから、俺に寄越せよ」




 ふいに横で聞こえた声に顔を上げかけ、そこにあった見慣れぬ顔に、美澄は自嘲の笑みを浮かべた。


 その声は美澄にかけられた声ではなく、声の主は傍らの女性の荷物に手をかけているところだった。




 「重いよ」

 「いいって」

 「…ありがと」

 「ああ」




 ニッコリ微笑みあう恋人たちのごくありふれた光景。


 それはかつての自分と修司の姿でもある。


 気が付けば、そこかしこに、彼の姿を探してしまっている。


 いるはずがない。


 わかっているのに、それでも未練がましい自分は待たずにはいられなかった。




 『J○L国際線からパリ=シャルル・ド・ゴール空港へご出発のお客様にご案内致します~』



 軽快なチャイムの後に続く、搭乗を促すアナウンスに、美澄は重い腰を椅子から上げ、脇に置いてあったスーツケースに手を伸ばす。


 今日、美澄はフランスへと旅立つ。


 親しい人たちにはあらかじめ別れを告げ、誰ひとりの見送りをも拒んだ。


 一緒にいて欲しい人がいてくれないのなら、一人で旅立ちたかった。


 未練だとわかっていても、つい探さずにはいられない面影。


 搭乗ゲートへと足を踏み出し、最後にもう一度だけ振り返る。


 そこには…もちろん、誰もいない。


 彼の姿はなかった。


 …ああ、終わっちゃった。


 どこか明るい哀しみに、美澄は一人小さく微笑む。


 そして前へ、夢へ、未来へと彼女は足を踏み出した。





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