夜の9時。
「大ちゃーん」
あたしは名前を呼んでるんだけど、応答はなし。
あたしと大ちゃんの家は隣同士。
だから2階のあたしの部屋の、向かい側に大ちゃんの部屋があるわけ。
せっかくあたしが有名店のお菓子持ってきたのに。
出てこなかったら1人で食べちゃうんだから。
ちなみにベランダには柵がって、またげば行ける状態。
でも男の子の部屋だし、さすがに入れない。
「おかしいなー」
いつもならすぐに出てくるのに。
なんでよりによってカーテン閉めてるの。
だけど電気の明かりがもれていた。
「むぅ...裏切り者ー」
あたしはジタバタしながら柵の手すりを揺らした。
すると、シャッとカーテンが急に開く。
「大ちゃ...」
じゃない。
出てきた人物は大ちゃんではなかった。
あれ...確か大ちゃんと仲のいい...。
あたしは頭がパニくって、名前まで出なかった。
「お前、確か大輝の幼馴染の」
先に口を開いたのは彼。
あたしは立ちすくんだまま、黙って頷いた。
というか、彼と話したの今が初めて。
同じクラスのはずなのに。
「えっと...真城さのと申します」
なぜ自己紹介をしたのか分からない。
彼はとてもきれいな顔立ち。
しかもスタイルがよくて、茶髪の髪がサラサラ風になびく。
そうだ、彼はクラス1のイケメンだった。
女子にいつも囲まれていた気がする。
あたしはまったく興味ないから知らないんだけど。
「俺、あんたのこと知ってるぜ」
「あ、ですよね。同じクラスだし」
「よくお菓子食う奴で有名」
「有名って...」
そんなことで名前知られても嬉しくない。
なんかいろんな意味で恥ずかしいんですけど。
「俺は鈴本五月」
「さつき?」
思い出した。
五月と書いてさつきと読むんだ。
すごく間違えやすい名前だなって覚えてた。
「さっき大輝は下の部屋に行ったぞ」
鈴本くんは爽やかに笑ってみせる。
かっこいい。惚れたわけではないけど。
「そうなんだ」
大ちゃんがいるということで安心。
鈴本くんはとても人気があってクール。
あたしにとって、少し近寄りがたいし、話しかけづらいタイプだ。
だから大ちゃんには早く帰ってきてほしいよ。
このシーンとなった状態をなんとかして。
「おまたせー!」
タイミングよく開いたドア。
大ちゃんが笑顔で入ってくる。
「遅いよ大ちゃん」
助かったと思いつつ、あたしはふてくされるフリをする。
「ごめんさの。アイス取りに行ってた」
そう言った彼の手には、イチゴのアイスが3本。
イチゴというだけで、あたしの気分も上がる。
「大輝、真城が叫んでたぞ、大ちゃーんって」
「ひ...ひどい」
鈴本くんは意地悪そうに笑う。
しかも大ちゃんも一緒になって爆笑。
そんなにからかわなくてもいいじゃん。
子どもみたいにしてたあたしもバカだったけど。
「ごめん、はいこれ」
ムッとしながらアイスを受け取る。
ヒヤッとした空気が手に当たって気持ちいい。
あたしはハッとして、手にずっと持っている物に気づく。
「はい、あたしもこれ」
「ん、何ー?」
あたしが差し出した箱を見て、大ちゃんは目をパチクリさせる。
そしたら、口がポカーンと開いたんだ。
「どうした大輝」
鈴本くんは不思議そうに、大ちゃんの顔をのぞく。
「っ...これバウムクーヘンじゃん!」
「は?」
箱を受け取り、中身を確認する大ちゃん。
目をキラキラさせ、喜んでるみたいだ。
「これどうしたの!?」
「東京で1時間待ちで買ってきた」
「これ俺も食べていいの!?」
「うん!」
大ちゃんは「やったー」とはしゃいで箱をテーブルに置く。
それを見て鈴本くんは絶句。
「...箱見ただけで中身分かんのかよ」
これは、やたらグルメじゃないと分からないもんね。
大ちゃんは、切るものを取ってくると、また部屋を出て行った。
うそ、また2人きり。
なるべく2人にしてもらいたくなかったんだけど。
あたしはイチゴのアイスを食べて落ち着く。
「鈴本くんは、いつから大ちゃんと仲良いの?」
スマホの画面を見つめていた鈴本くん。
目を離し、あたしに目を向けた。
「入学式のときに、やたらうるさいお前と大輝がいて、変な奴だなーって思ってた」
「あぁ...」
入学式の日は、やたら制服のサイズが大きいあたしを、大ちゃんが笑ってたっけ。
今思えば懐かしいけど、恥ずかしい。
たくさんの人に見られたような。
その時は周りの目なんて気にしなかった。
「あたしたちずっとバカ騒ぎしてたもんな」
「大輝が先に話しかけてきて、いつの間にか仲良くなった」
大ちゃんらしい。
誰とでも仲良くなれるのが、少し羨ましいくらいだよ。
「お前と何回か目が合ってるんだぞ」
「え、そうなの?」
「全部逸らされたけどな」
「あたしそんなことしてたんだ」
「覚えてねーのかよ」
う...。
やたらクールで、怖そうな人って思ってたから。
まさか無意識にそんなことを。
申し訳ない。
「なぁ、ライン教えて」
「え、嫌です」
「あ、何だよその答え」
眉を歪め、自分のスマホをポケットに突っ込んだ鈴本くん。
あたしに近づき、持っていたスマホを奪い取った。
あれ...待てよ。
あたし今ロックかけてないんだった!
「ちょ...タイム!」
やばいと思って、あたしは慌ててスマホを取り返す。
いけないものを見られたかもしれない。
実をいうとあたしと大ちゃんの、変顔写真を待ち受けにしていた。
その写真はまだ誰にも見られていない。
あれを人に見られたら、恥ずかしくて死んじゃう。
「なんだよ」
「み、見た?」
「何をだよ」
首をかしげた鈴本くん。
見ていないことに安心した。
これを待ち受けなんて、大ちゃんでも知らないからね。
とりあえずホッ。
「QRでいい?」
「...めっちゃブスだったな」
そう苦笑いした鈴本くん。
「きゃーーーっ、さいってい!」
やっぱ見てたんじゃん!
ていうかさっきウソついてたの!?
「見といて知らないフリはないでしょ!」
「何だよ、悪いかよ」
ブスって言っておいてポーカーフェイス。
大爆笑されたほうがマシだよ。
鈴本くんって、いまいち何考えているのか分からない。
最上級の変顔だったのに。
「もう教えない!」
あたしは、自分の部屋のベットにスマホを投げた。
「おい、投げることねぇだろ」
「うるさい、もうけっこうです」
そう言うと、一気に鈴本くんの顔が怖くなった。
にらまれても負けないもんね。
その時、2人の会話を裂くように、部屋のドアが開く。
「ねぇ、危ないからプラスチックの包丁持ってきたよー」
「大ちゃん」
やっぱりナイスタイミング。
もうそろそろ限界に近かったから。
やっぱり苦手だな鈴本くん。
あたしはイチゴアイスの最後の一口を食べる。
「あれ、2人共何かあった?」
鈴本くんの不機嫌そうな顔。
それを見て大ちゃんは首をかしげた。
「何でもないよ、ただ楽しくおしゃべりしてただけ」
大ちゃんに笑顔を見せ、鈴本くんのほうをちらっと見る。
うわ、嫌そうな顔。
しかも大ちゃんに見えないようにしている。
「さの、早くこっち来いよ」
「はーい」
あたしはベランダの柵に手をかける。
そして思いっきりジャンプして、柵を大きくまたぎ大ちゃんの部屋へ。
中に入ると、大ちゃんは嬉しそうにバウムクーヘンを6等分に。
「おい、今の危ないだろ」
「え、何が?」
あたしの腕を強く掴んできた鈴本くん。
どこか焦った様子だった。
え、もしかして今ので怒ったの?
「普通なら玄関から入ってくるだろ」
「え、でもこっちのが早いし」
いちいち玄関から入って、大ちゃんの親に迷惑かけるわけにもいかないし。
「そういうんじゃなくて、落ちたら危ないだろって話」
「でも、柵と柵の間狭いよ?」
「だとしてもな」
...お父さんか。
危なくないのに、ゴタゴタ言ってくる。
しかもだんだん説教に近づいてきてるし。
「いいじゃん別に」
「あ?」
「ちょっと2人共ー」
大ちゃんは先にバウムクーヘンを食べながら、なだめるように間に入る。
あたしは「離してよ」と言って、腕を掴んでいた手を振り払った。
やっぱりこの人嫌いだ。
すぐに怒鳴るし、なんで人気者なのか分からない。
女子はみんな騙されている。
「俺はただ心配しただけだっつーの」
頼んだわけでもないのに。
あたしは、大ちゃんから自分のバウムクーヘンをもらう。
大ちゃんのベットに腰を下ろし、一口パクリ。
「おいしー!」
口の中にしっとりした生地、甘さもちょうどよくて香りもいい。
東京まで行ったかいがある。
お菓子はあたしをふわふわした気持ちにさせる。
鈴本くんと言い合った時のことも忘れるくらい。
お菓子の家があったら幸せかも。
うっとりしながらもう一口。
「よく太らないな」
見て飽きれる鈴本くん。
あたしと大ちゃんのお菓子の消費量やばいもんね。
「あたし太ってるよ」
「なわけないでしょ」
大ちゃんは突っ込むように頭をチョップ。
意外と痛い。
「さっき掴んだけど、細かったぞお前」
「えー、大げさに言わないで」
あたしは自分の二の腕を掴む。
たまにみんなに羨ましがられるけど、いまいちスタイルのどこがいいのか分からない。
大ちゃんたちは男の子だし、筋肉がガッシリしている。
すごく魅力的。
あたしは部活動してないからな。
運動は苦手だし、向いていない。
特に球技なんて恐怖でしかない。
バレーなんて、この前体育でやったけど、顔面レシーブだよ。
笑いものだよ。
あんなに恥ずかしい思いしたから、次からは補欠でいい。
男子はサッカーだからグラウンド。
大ちゃんに見られなくて良かった。
「普段からドジ踏んでそうだな」
そう笑った鈴本くん。
図星すぎ。
まるで人の心読めるみたい。
まさかのテレパシー?