私は倒れそうなほど緊張していた。

ずっとずっと憧れていた写真家の春木さんが、今目の前で私の写真を見てくれている。

それは画家志望の人がゴッホに絵を評価してもらうとか
ギタリスト志望の人がポール・マッカートニーの前で演奏するとか
作曲家志望の人がベートーベンに自分の作った曲を…

とにかく、そういったレベルの大事件だ。


気を落ち着かせるために仕事をしようと思ったけれど結局何も手につかず、ただそわそわと春木さんの周りをうろついていた。


「……」


ぺら、ぺら、と春木さんがファイルをめくり続ける音だけが辺りに響いている。

いつの間にか日も傾き始め、事務所の中はあたたかなオレンジ色で満たされていた。


「あんたがカメラを向けるとさ」


窓からぼんやり夕日を眺めていた私は、春木さんを振り返った。



「皆こういう顔になるんだな。」



私は昔から、『人』の写真ばかり撮ってきた。

家族や友達など身近な人から、旅先で出会っただけの人、ちょっとした縁で巡り会えた人。

ファインダーを覗くと皆が笑ってくれるのが嬉しかった。大切な瞬間を永久に保存してくれるカメラに、すぐに夢中になった。

私の作品ファイルには、それこそ老若男女、たくさんの人の笑顔の写真ばかり詰まっている。


「人が笑ってる写真が好きで。ついそればっかりになっちゃうんです」

「あんたらしいね。」

「個性も技術も無いし、良い写真とは言えないかもしれないんですけど」


春木さんはまたページをめくった。


「重要なのは、個性的な被写体選びじゃない。むしろありふれた被写体をいかに印象的に撮るかの方だと思う。少なくとも俺はそう思ってる」


最後のページまで見終わったらしい春木さんは静かにファイルを閉じた。


「良い写真だよ、すごく。こういう写真は俺には撮れない」