「おう、笑美。遅かったな?」

病室に戻ると、お兄ちゃんが待ちくたびれた様子で声をかけてきた。


「遅くなってごめん。ねぇ聞いてよ!
何か私の前に入ってたおばさんが、トイレットペーパー全部使ったままほったらかしててさ!
なんかセットの仕方がわかんなかったから、下まで行ってきた!」


「お、おぉそっか、お疲れ!でも、笑美。
そのバッグの中には何が入っているのかな?」


「この中?ハンカチと、テイッシュと……
あっ、テイッシュ!
そっか、これがあったのか~
もー、下まで行って損した!」


「本当、バカだな。
あははは!腹痛ぇ……はははは!」


お兄ちゃんが笑ってる。


そうそう。

こうやって元気づけていかないとね!


でも……

嘘でも自分で言っておいて恥ずかしい!


普通、トイレットペーパーのセットの仕方がわからないくらいでわざわざ下まで行く?


つくづく私ってバカだなぁって思う。


「おう勇生くん。
元気になったみたいだね」


先生と伯母さんが部屋に来た。


「あ、先生。ご迷惑おかけしました。
もう帰ってもいいですよね?」

お兄ちゃんが帰る気満々で尋ねる。


「その前に、キミに報告しないといけないことがある」


え、ちょっと待ってよ先生。

まさか、ズバッと言うつもり!?

今元気になったばかりなのに……


「伯母さん……」


伯母さんに同意を求めたけど、ただ手をギュッと強く握られただけだった。


「オレ、どうかしたんですか?」


お兄ちゃん聞いちゃダメ…!

そう心で叫んでも、意味がなかった。


「血液検査の結果、キミは白血病と診断された」


お兄ちゃんの顔がこわばった。


私は何も言えず、ただ俯くことしかできなかった。


「白血病…って……」


「白血病って言うのは、血液の中にある白血球が……」


「そんなことは聞いてない!」


初めて聞いた、お兄ちゃんの怒鳴り声。


「はぁ、オレが……?ふざけんな!」


「あっ、お兄ちゃんダメ!」


ボフッ!



遅かった……


お兄ちゃんの投げた枕が、医師の顔面に直撃した。


「何で……何でだよ!」


こんなに取り乱したお兄ちゃん見たの、初めてだよ。


「お兄ちゃん落ち着いて!大丈夫だから。
1人じゃない……私もいるよ。
だから大丈夫。一緒に頑張ろう!ね……?」


つい、羽交い締めにしてしまった。

でも、これで良かったと思う。


私がいるから大丈夫。

この言葉に嘘はない。

お兄ちゃんが辛い時に、私がそばにいて元気づけてあげたい。

だからお兄ちゃん、怖がらないで…



「笑美……」




そう。



1人じゃない。


私も一緒に頑張るんだ。


2人で病気と闘うんだ。


肩を震わせながら私の腕の中にいる大事な人を守らなきゃ。


そう心に誓い、お兄ちゃんをギュッと抱き締めた。