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「なに?こんなところに呼び出して。」




桂が体育館裏に着くなり無表情で聞いてくる。

今朝、沢口から桂の名前を聞き、正直、自分の耳を疑った。

子ブタの親友である桂が、白咲を使って襲わせるなんて事あるのだろうか?

俺の目から見ても、子ブタと桂は本当に仲が良かった。

信頼し合ってるようにも見えた。

でも、子ブタと父親の血が繋がってない事を知ってからの態度をみると、桂が指示を出した可能性も考えられる。

子ブタと父親の血が繋がってないことが、桂に何の関係があるんだ?

とりあえず、事実確認から入るか…。

「お前、白咲に告られた?」

俺は冷静さを失わないように心掛けながら話しを始めた。

「それが何?」

「白咲が惚れてるのをいい事に、何やらせてんだよ。」

「は?何のことよ。」

「惚けんな。」

「意味わかんないんだけど。」

桂の表情をじっと観察するが、嘘を言っているようには見えない。

どういう事だ?桂じゃないのか?

俺が頭をフル回転させて考えていたら、




「違うよ春斗くん。優衣ちゃんじゃないよ。」




後ろから第三者の声が聞こえてきた。



「白咲…。」




振り返るとそこには白咲と、キャンプファイヤーの時に俺を連れ出しに来た女がいた。

そしてーーーーーー



「それって、どういう意味なの?」



その少し後ろに子ブタと涼介の姿もあった。




◇◇◇◇◇



「それって、どういう意味なの?」



私と滝沢くんは屋上から大賀見と優衣の姿を見つけて、体育館裏までやって来た。

実際に来てみると、そこには白咲くんと相沢さんの姿もあって…。

私の声に振り向いた白咲くんと目が合ってしまった。

「葵ちゃん…この前は、本当にすみませんでしたっ。」

突然、白咲くんが勢いよく頭を下げた。

隣にいる相沢さんも白咲くんと一緒に頭を下げる。

「説明しろよ、白咲。」

そう言った大賀見の拳には力が入り、怒りを必死に耐えているように見えた。

なんの話が始まるのかわからなくて不安になっていたら、そっと大賀見が隣にきて寄り添ってくれる。

白咲くんが大きく深呼吸してから、とても言いにくそうに話し出した。

「俺はキャンプファイヤーの時、ジンクスを信じて優衣ちゃんに告白した。でも、振られたんだ。

落ち込んでいるところを相沢さんに声を掛けられて、俺は彼女のアドバイスを受けたんだ。

相沢さんと優衣ちゃんは親友で、優衣ちゃんが家庭環境まで相沢さんに相談してるって聞いて…俺は彼女の事を信用した。

今、優衣ちゃんは葵ちゃんのせいで傷ついてるから、優衣ちゃんの為に葵ちゃんを傷つけてあげたら喜ぶよって。

葵ちゃんを傷つけたら…

もしかしたら、優衣ちゃんは俺の方を向いてくれるかも知れないって思った。

バカだよね…

そんなはずは無いのに、その時はどうしてかそう思ったんだ。

相沢さんを信用しきっていた俺には、あの時の彼女の言葉はとても真実味のある言葉に聞こえたのかも知れない。

そして、俺と相沢さんは打ち合せをして、葵ちゃんの寝ている部屋へと向かった。

まずは、相沢さんが春斗くんを外に連れ出して、その後に俺が部屋を訪ねて葵ちゃんを…。」

そこまで話すと白咲くんは、また「本当にごめん」と言って頭を下げる。

でも、私は白咲くん達がしたことより優衣の事が気になった。

私が優衣を傷つけている?

どういう事?

私が優衣の方に視線をやると、驚いた顔をしている優衣と目が合った。

私からすぐに視線を逸らした優衣は白咲くんに視線を移す。

「ちょっと待って⁈葵に何かしたのっ⁈」

慌てた様子の優衣。

「俺が…熱を出して弱っている葵ちゃんを…襲いました。」

「は?葵に何してんのよっ!」

白咲くんの肩をぐっと掴んだ優衣は、今まで見たことのないほど取り乱していた。

「大丈夫っ!私、何もされてない。大丈夫だよっ、優衣!」

「葵は黙っててっ。南もなんとか言いなさいよっ!」

相沢さんは優衣の迫力に負けて泣き出してしまった。

「泣いて許される事じゃないでしょっ!南っ、ちゃんと説明しなさいよ!」

「ヒック…ごめんなさい。
……高校に入ってから優衣との距離が出来てしまって…ヒック…私、寂しかったの。

なのに優衣は、私より小辺田さんといつの間にか仲良くなってて…

優衣と大賀見くんに大切にされてる小辺田さんが羨ましくって…ヒック…滝沢くんまで…小辺田さんに優しくて…悔しくて。」

相沢さんは滝沢くんの方をチラッと見て、またすぐに視線を逸らした。

……………相沢さんって、滝沢くんの事が好きなんだね。

私が滝沢くんの方を見ると、とても険しい表情をしていた。

相沢さんは滝沢くんに許しを乞うような目で再度、見つめている。

そんな相沢さんに対して滝沢くんは

「今回の事、どう考えても腹が立つんだよね。僕は君のこと軽蔑してるよ。」

とても冷たい表情と厳しい言葉を放つ。

相沢さんはぐうの音も出ず、泣きながら走り去ってしまった。

「本当にごめんね、葵っ。まさか、白咲と南がそんな事してただなんて…。」

ぎゅっと優衣が私を抱きしめた。

いつもの優衣に戻って、私は嬉しくて…ホッとして…涙が出そうになるのをぐっと堪える。

「ねぇ…優衣。教えて。
どうして私を避けてたの?いつ私は優衣を傷つけてしまったの?」

抱きついている優衣をそっと離して、じっと見つめる。

優衣も真剣な眼差しを私に向け、とても言いにくそうに口を開いた。

「……私、葵に一つ隠し事があるんだ。」

「隠し事?…なに?」

「…実はーーー
私には年の離れたお姉ちゃんがいるの。

お姉ちゃんはネイリストの仕事をしてるんだけど、結婚相手がニューヨークに転勤になってしまって…

悩みに悩んでお姉ちゃんは今のお店を辞めて、その人について行く決心をしたの。

でも、その人には子供がいて…

結婚を反対されてるって…。」

それって…………………

「優衣のお姉さんって…もしかして…美咲さん?」

ーーーーーパパの結婚相手。

「…うん。ごめんね、黙ってて。
私も葵がお父さんのことで相談してくれたときに初めて気付いたんだ。

言わなきゃって何度も思ったんだけど…

なんか…なかなか言い出せなくて。

私達の両親も再婚してて、葵の気持ちがよく分かるから、葵が認めてくれるまでゆっくりと待つってお姉ちゃんは言ってた。
私もそうした方がいいと思ってた。

でも…

この前、葵と父親の血が繋がってないって知って…

しかも、未婚の父だなんて。」

そう………私とパパは血が繋がってないどころか、パパとママは結婚もしてなくて戸籍は別々のままだった。

ママが亡くなってから私は、パパに養子縁組みをしてもらいパパの子供になった。

「お姉ちゃんは全部知った上で結婚を決めたって…

私だけ何も知らなくて…

お姉ちゃんは賛成してくれるまで待つって決めていたけど、今は遠距離で彼に会えないし離れているから気持ちがついてこないみたいで…家族に隠れて毎晩の様に声を押し殺して泣いてるの。

そんなお姉ちゃんの姿を見てたら、血の繋がりが無いのに彼を縛っている葵の事が許せない気持ちが込み上げてきて…。」

優衣の大きな瞳からポロリと涙が落ちた。

「…知らなかった。私………ごめんなさい。」

優衣に深々と頭を下げた。

私、自分の事しか考えてなかったんだね…。

私の我儘でたくさんの人を傷つけていたなんて、全く気付いてなかった。

最低だ…私。

「違うのっ。葵が悪いわけじゃないっ。私が葵の立場だったら同じ事してる。

ううん、もっと我が儘を言って周りを困らせてるよ。

今日こそは謝るんだって思ってたのに、なかなか話しかける勇気が出なくて…

もう、葵に嫌われたんじゃないかと思うと怖くて…私。

葵のこと…避けたりして、本当にごめんなさい。」

優衣はポロポロと大粒の涙を流しながら私に謝った。

私はポケットからハンカチを取り出して優衣の涙を拭う。

本来なら優衣は私をもっと責めても可笑しくないと思う。

大好きなお姉さんの幸せを私は邪魔してるだもん。

なのに…私にごめんねって謝ってくれる優しい優衣。

「……優衣。………大好き。」

今度は私がぎゅっと優衣を抱きしめる。

「葵ぃ…、ヒック…私も大好きだよぉ。」

さっきより涙をボロボロと流しながら、優衣は私をぎゅっと抱きしめ返す。

「これからもずっと私の友達でいて欲しい。」

弱々しく言った優衣の言葉に、私は嬉しくて何回も頭を縦に振った。