「あれ?無い…。」
今日の私はこの言葉から始まった。
学校へ来て靴箱を開けると、あるはずの物が無くなっていた。
「私のスリッパが無いんですけど…。」
なにコレ?
ベタな嫌がらせ?
これって犯人はやっぱり…
茉莉花ちゃんだよね?
だって…その証拠に少し離れた所から私を見て、何人かの女の子とクスクス笑いあってるんだもん。
前に言ってた「痛い目」ってこの事?
はぁ…分かり易すぎる…。
案外、幼稚な子なんだなぁ。
仕方ない、裸足で教室まで行くか。
私は気にせず、何もなかったかのように裸足で階段を上り教室へ向かう。
「ばぁ〜かっ。」と後ろから聞こえてきたけど面倒なので無視をする。
「おはよう、小辺田さん。」
階段を上りきったところで、今日も爽やかイケメンの滝沢くんに会った。
「あ、おはよう。滝沢くん。」
笑顔で挨拶を返したが、滝沢くんのキラキラスマイルが見る見るうちに険しい顔へと変わっていった。
「どうしたの、それ?」
滝沢くんが私の足元を指差す。
「いや、これは…その…。朝来たら無かった的な感じ?」
「……許せないな。」
真顔の滝沢くんって初めて見た…。
綺麗な人が無表情になると、それだけでけっこう迫力があるもんだな…なんて思っていたら
フワッと急に脚が宙に浮いた。
えっ⁈
「教室まで我慢してね。」
そう言って滝沢くんは、私をお姫様抱っこして教室までの道程を歩き出した。
「えっ⁈た、滝沢くんっ?降ろしてっ、恥ずかしいよ///」
「裸足で歩いてて、押しピンとか踏んじゃったら大変でしよ。」
「いや、でもっ///」
皆んなの視線がっ。
特に女子の視線が超痛いんですけどっ。
私は脚をバタバタさせて抵抗をしてみるが
「大人しくしないと、キスしちゃうよ?」
耳元で甘く囁かれ、予期せぬ言葉に身動きが出来なくなる。
滝沢くんってば、サラッと甘い言葉を囁いちゃうんだもんな///
教室に入ると案の定、悲鳴やら冷やかしの嵐が起こった。
「どうしたの⁈葵っ。」
驚いた優衣が走って私のところまで来てくれる。
滝沢くんが私を席まで運ぶと、やっと解放してくれた。
「僕、来客用スリッパを借りてくるよ。」
「いいよ、いいよ、私が自分で行くから。」
スリッパを借りに行こうと一歩踏み出すと、滝沢くんに進路を遮られた。
「それじゃ僕がここまで運んだ意味がなくなるよ。小辺田さんは座って待ってて。」
そう言って滝沢くんは教室を出て行った。
「どぉゆう事?葵。」
優衣が心配そうに眉を下げ、私の足元を見ている。
「なぜか朝来たら靴箱にスリッパがなかったんだよね…。」
「えっ⁈ 誰よっ、そんな事するの!許せないっ‼︎」
「優衣、落ち着いて。私は大丈夫だから。」
私が興奮する優衣をなだめていると
「なんだそれ?くだらねぇ…。」
後から来た大賀見が乱暴に椅子を引いてドカッと座った。
さっきまで騒がしかった教室が、一気に凍りついたように静かになる。
「なんで大賀見が不機嫌になるのよ。皆んな静まり返っちゃったじゃない。」
「んなもん朝から聞いたら、胸クソ悪りぃに決まってんだろ。クソつまんねぇ事しやがって。」
大賀見はイライラとしながら、机に足を乱暴に乗っけた。
なんで大賀見が怒ってるの?
自分には関係ない事じゃん。
私が嫌がらせをされても、アンタは痛くも痒くもないでしょ?
「お前、なんかあったら我慢するんじゃねぇぞ。すぐに言えよ。」
照れたように視線を少しずらし大賀見が言った。
え?なに?なんか大賀見が優しい??
「あ、ありがとう…。」
予想外の言葉に少し焦る。
もしかして、心配してくれてるのかな?
なんか…けっこう嬉しいぞ///
そう思うと、なんだか顔が熱くなってくる。
しばらくすると、廊下から黄色い声が聞こえてきた。
きっと滝沢くんが帰ってきたんだ。
「小辺田さん、スリッパ借りてきたよ。」
キラキラスマイルの滝沢くんの登場で、教室内が再び黄色い声で包まれる。
「あれ?小辺田さん、少し顔が赤い?」
そう言いながら、滝沢くんが私の顔をそっと覗き込んだ。
だからっ、ち、近いって///
更に顔が熱くなっていくのがわかる。
「あれ?もっと赤くなっちゃったね。小辺田さんって可愛い。」
滝沢くんはキラキラスマイルで私の頭をポンポンとした。
お願いしますっ、誰かこの人のスキンシップを止めて下さい///
教室内は黄色い声からギャーという悲鳴にかわる。
「あの女、マジでムカつく…。」
私に向けられた悪意の言葉が悲鳴によって掻き消され、誰も気づく事が出来なかった。