柴犬~相澤くんの物語り

 子犬が職員に抱かれ、檻のある部屋から連れ出されていくのを、ぼんやり眺めていた。

 茶色と白のぶちの、やっとミルクから離乳食に変わったばかりみたいな、まだほんの小さな子供だった。
毎晩「おかあさん」と泣いていたのは、この子だとすぐにわかる。
職員の手に抱かれ、すやすやと安らかな寝息をたてている。
眠っている時だけ幸せそうに見えた。


 「なんのために生まれてきたんじゃろうな……かわいそうに」

 隣の檻からじいさんの悲しげなため息が聞こえた。



 「あいつ、今から殺されるのか? まだあんなに小さいのに……」

 おれがつぶやくと、じいさんは

 「しかたない……」

 とだけ答えた。


 「人間って、勝手な生き物なんですね…」

 高宮さんが老犬に話しかける。


 「所詮、ワシらは、ペットじゃ。かわいがるのも捨てるのも人間の自由さ」

 諦めたような静かな口調でじいさんが続ける。

 「ワシは老夫婦と一緒に暮らしてた。そりゃあ大事にされてた。けど二人ともワシより早く死んでしまった。あとは邪魔者になったワシだけが残り、ここに来たってわけじゃ。あの時、飼い主と一緒に死ねてたら、人間には、優しい、いい思い出しか残らんかったのに残念じゃ……」


 「私達は、人間にとって……なんなんでしょうか?」

 「都合のいい玩具じゃろ…こんなこと気づきたくはなかったけどな……」

 深いため息が聞こえた。

 「いよいよ、明日はワシの番じゃ」



 それきり、じいさんは何も言わなくなった……。


 部屋の中は、おれたちと、じいさんだけになった。
騒がしかった室内も今夜はシンと静まり返っている。

あの子犬も、もう戻ってこなかった。


涙があとからあとからあふれる。一体、おれたちが何をしたっていうんだろう。

ただ高宮さんと仲良く暮らしたかっただけなのに……。