昨夜の後味 _ 22





本日二度目の、頭を下げた。


『ごめん!巻き込んで…。』


持ち上がって行く深夜のエレベーターの中で、隣に並んで壁に背をつけるのが。


「いやいや、自分でタクシー降りて行ったんだし。」


エリーだというのが、くすぐったい違和感。


『…本当だよ、あのまま帰ってよかったのに。なんで来てくれたの?』


心強かったけれど。最後の最後で崩壊せずに済んだのは、エリーが先に踏み出してくれたから。
間違ってないよって、言ってもらえた気がしたから。


「うーん、なんとなく。」


何て事のない横顔で平然と答えるから。
さっきまでの修羅場を、つい忘れそうになってしまう。


『…私、柊介にとって何だったんだろ。』


蔑むような視線に、冷えた声。
あんな空気の柊介は初めて見た。

本当はずっと、あんな風に私の事を見ていたのかな。


『いらなかったのかな。私なんて、ずっと。
本当はもっとずっと前に、私の方が振られてたんじゃ…』

「ストップ、今日は考えるの止めた方がいいって。
柊介さんも熱くなってるだけだから。」


私たちは柊介よりも2つ年下なのに、今日のエリーは柊介よりもずっと大人に見える。

いつもの可愛いエリーじゃないみたいに。
やっぱりどこか、知らない人みたいに。

真っ直ぐ前を見据えるエリーの横顔を見上げた。





『とりあえず、ドサクサに紛れて連れてきちゃってごめん。なんかすごい悔しかったの。
子供っぽかったよね…情けない。』

「いや、分かるよ。あれはむかつくよな。笑」


上司を“むかつく”と笑ったエリーに。共感してもらえた安心感からか、ほんの少しだけ心が解けた。


『明日から気まずくない?柊介と。』

「気まずくはないけど、殺されるかもね。」

『こ、ころっ…?!汗
いやいや、柊介はそんな…。』


柊介はそんな物騒なことを言うタイプでもないし、頭に血が昇るタイプでもない。


『私なんかのことで、そんな血気盛んな事にはならないよ。』


ポケットに手を突っ込んで、顎先を上げて私を見下ろしていたエリーの胸ポケットが震えた。


「藤澤は、ほんと分かってないな。」

『え?』


携帯を取り出して、画面を弄るエリーの視線が持ち上がった。


「ほら。」


裏返しにされたiPhoneの画面。
差し出された画面に、思わず張り付くと。





“手出したら、殺す”


署名は、“清宮 柊介”。
送信時間は__________恐らく、たった今。




『え?ええっ?!汗』


7階で扉が開いたエレベーターを、さっさと降りて行く。エリーの背中を慌てて追いかける。


柊介が、殺すって言うなんて?!
こんな分かりやすく感情を露わにするなんて…?!



『た、確かに、熱くなってるのか、な…?』

「まぁ、今日は熱くなってるな。
けど俺が知ってる柊介さんは、基本こういう感じだよ。」

『そ、そうなの?』

「うん。すぐ頭に血が昇る。表面に出さないだけ。
仕事に関しても、藤澤に関しても。」

『あた、あたし?!』

「殺すって言われたのも今日が初めてじゃないし。」

『エリー、柊介に何かしたの?!』

「してないよ、柊介さんには。
むしろ我慢してる方だよ。だけどあの人、すげー心狭いから。」




わ、分かんない分かんない分かんない…!汗
とても自分の彼氏に関する話題だとは思えない。
私の知る柊介は、大人で冷静で理性があって。

…ん?けど、やっぱりなんで柊介がエリーに怒ることがあるの?


あれ?エリーが柊介に対して、我慢してることって何??







やっと立ち止まったエリーが、振り返った。


「てかさ、合ってるの?」

『え?!』

「家だよ、家。7階で降りてはみたけど、俺、藤澤の家知らないよ?こっち来て合ってんの?」

『…あ!!』


ハッと周りを見渡せば、私の部屋とは真反対の方向に歩いて来てしまったようで。
よく似てはいるけど、見知らぬ風景に我に帰る。


『ごめん!こっち!こっちです!!』

「なんも考えてなかっただろ。」



肩を竦めて笑うエリーの半顔に、白々しい蛍光灯の光が落ちる。夜の匂いの中、真正面から見上げたエリーは、私より頭何個分も背が高かった。

額に滲む汗を感じて、『こっちです』ともう一度呟いて。
踵を返して、部屋を目指した。