唇トラップ


昨夜の後味 _ 20





どうしよう。エリー、柊介に何か言う気なのかな。

私に加勢してくれるってこと?
早くも震えてたから心強い、けど…




エ「…柊介さ、」

柊「江里といたのか。」


エリーの言葉を遮ったのは、柊介の冷えた声だった。



『…え?』

柊「俺には連絡を返さないで、昨日から江里といたのか?」



冷たい声色に、最初は私が聞かれてるのだと思わなかった。
だけど、見上げた彼が非難の眼差しを下ろしているのは_________間違いなく、私だった。



『昨日から?何言ってるの?』

エ「違います、彼女は」

柊「俺は十和子に聞いてるんだよ。」



私を鋭い視線で捕らえたまま、柊介はまたしてもエリーを制止した。
こんなに冷たい目で、柊介が私を見たことなんてない。

脚まで震えそうになる。崩壊寸前のプライドを、必死で叩き起こす。




『…私が昨日からエリーといたって、どういう意味?』

柊「そういう意味だろう。」



吐き捨てるような口ぶりに、怖いのに胸が湧きだってくる。


もしかしたら柊介は。

本当に、最低最悪な想像を。

だけど、いくらなんだって自分を差し置いてそんな想像は_________












柊「俺との約束を放り出して、昨日から江里といたのかって聞いてるんだよ。」






耳を、疑った。

目の前の恋人の、冷めた視線に絶望した。





どうして、私が。

昨日、どうして私があんなに楽しみにしていた約束を守れなかったのか。

どんな気持ちで昨日。
唇に色をひいて、会いに行ったのか。



『…ない。』



この男だけには。

柊介だけには。



『他の女といた柊介にだけは、言われたくない!』












ガランとした辺りの空気に、私の大声が響いた。

震える息を吐き出したら、堰を切ったように涙が溢れ出した。




柊「…」


驚いたように瞳を見開いた柊介を、ボヤけた視界の中で離さない。


ただダラダラと、頬が不快に濡れていく。

何か言ってよ。
黙らないで、何か言ってよ。




柊「…見たって、それか。」



お願いだからいつもみたいに。
誰よりもスマートに、私の不安を拭ってよ。





噛み締めた唇からは血の味がした。


激しい痛みを伴う動悸に、どれほどこの男が好きだったのかを思い知る。





柊「…」



懇願する。

溜息をついた柊介を、祈りを込めて見つめる。



お願いだから、あの悪夢を否定して。
叩き壊して、何もかもが間違いだったと詫びて。



そうしたら、きっと_________












柊「そっか。」







予想だにしていなかった、その短い返事に。




私の心は、事切れた。