唇トラップ


昨夜の後味 _ 19



つい、ごめんねと言いそうになって飲み込んだ。

昨日のデートをすっぽかした事。
1日中、連絡を無視した事。

私が柊介にかけた数々の心配の、根源にあるもの。



「何かあったのかと思った。ずっと携帯も繋がらなかったろう。」


それは。


「よかった…一日中、十和子のこと考えてた。」


この甘い恋人が見せた、裏切りのワンシーン。


「やっと、会えた。」



この濡れた瞳に、誤魔化されてなんていられない。



「昨日は、」

『何で行かなかったか、分かる?』



感情が溢れ出しそうになるのを、低い声で抑えた。
声が波打ったのを、自分でも感じた。


「え?」


私の遮りに心配そうに眉を潜める。強張りを解そうと、髪を撫でる。

いつもなら温かく感じる手の平も。今日は機械のように、無機質に頭を往復していくだけ。



「分からないよ。どうした?何があった?」

『見たから、だよ。』



ほんの一瞬だけ、スッと瞳が細くなった気がした。


「…何を?」

『柊介を迎えに行ったの、私。』


顔色を変えないまま。柊介は、眉を寄せた。


怖い。確かめることになる。
だけど今を逃したら、真実は見えなくなる。



『私、昨日_____________』


私を見下ろしていた柊介の瞳が、フッと後方に持ち上がって。

突如として、明らかな嫌悪感を示した。






エ「お疲れさまです、柊介さん。」


視線を追って私も振り返れば、そこにはいつの間にタクシーを降りてきたのか、エリーがいた。


『エリー…!』


帰っててよかったのに。
こんな修羅場に、首突っ込む必要なんてないのに…!


振り返る私に、目もくれない。
たった今、“お疲れさまです”という労いの言葉を発した人物とは思えない堅さで、エリーは真っ直ぐに柊介を見ていた。






柊介と、私と、エリー。
春夜の闇の中。マンションのエントランスが照らす光の上を、延長線上に並ぶ三人。


また、大きな夜風が巻き起こって、長い髪の毛先が柊介の白シャツを叩いた。

妙に生温い温度が、妖しい夜を煽る。



“絶体絶命”
古いあの歌のフレーズが、ざわつく心に浮かんだ。