昨夜の後味 _ 18
マンションのエントランス前で、携帯を手に部屋を見上げる。
視線を手元の携帯に落として数秒、また顎先を高く上げる。
落ち着かない様子の彼が携帯を耳に当てれば、私のバッグが震えた。
柊介が私を待っているのは、明白だった。
タクシーを降りたなり、背後にエリーと運転手さんの交差する声を聞きながら。距離をとったまま彼の様子を見つめた。
細身のスーツを、身体の一部のようにぴったり着こなして。
背筋を伸ばして、片手をズボンのポケットに入れる。
夜の漆黒に溶ける、浅黒い肌の横顔。
離れて見ても、何年経っても、それは私の好きな男だった。
文句無しにスマートで、いつもとちっとも変わらない柊介の姿。昨日の事は夢だったんじゃないかという気さえした。
だけど、その横顔に浮かぶらしくない狼狽に。
やっぱり昨夜の悪夢は、現実だったんだと確信する。
春の夜風が大きく吹いて、 バラバラと髪が舞う。
視界を邪魔するそれを振り払い、深呼吸する。
一歩踏み出せば、車道にヒールの音がやけに響いた。
『柊介。』
私が名前を呼ぶよりも早く、彼は振り返った。
目が合って立ち止まる私に構わず、そのまま駆け出す。
私が渡るのを待てばいいのに、一瞬左右を見回した後、公道を駆けて来る。
片手をポケットに突っ込んだまま向かって来るその姿に、後ずさりしたがる両足をグッと踏ん張った。
距離が近づくにつれてはっきりした彼の表情に、発しようと思っていた次の言葉は出なくなった。
意外なほどに不安が満ちた瞳が、胸に突き刺さったから。
両手で頬を包んで、私の顔を確かめるように覗く。下唇のほうが厚い口元から、少しだけ上がった息が溢れてる。
「十和子…」
鈴が鳴るように空気を振動させる柊介の声は、今夜も私の鼓膜を痺れさせて。
『…あのね、わた、』
絞り出した声は、厚い胸とBVLGARIの香りに閉じ込められた。
頬から、彼を生かす鼓動を感じる。
「心配したよ。」
掠れた囁きと、一層強くなる腕の力は。
私の芯を、震わせた。



