唇トラップ


昨夜の後味 _ 17





ウワガキ?うわがき?
燃えた眼差しが意図するものが、分からない。


『…上履き?』


彼のキョトンとした表情を見て、すぐにこれは違うことが分かった。



『違うか〜…』

「あっは。笑」


手の甲で口元を押さえて、肩を震わせて笑う。見慣れたいつもの仕草で、胸が解けたのも、つかの間。










「やってみる?」




再びふわりと、覆い被さるような姿勢になった彼と。辺りを支配した、彼の香り。

狭い車内に差し込んでくる夜の光を一身に集めて、表情は逆光に隠される。



その時やっと、さっきの彼の言葉を理解した。


“上書きしようかな”


息を飲んで、彼を見上げる。
この体勢で逃げようもないことを知りながら、背中にシートの感触を確かめる。


上書き。

“やってみる?”

それがもしも。私の思うとおりのものを、意味しているのなら。






『エリー、ねぇ、』


彼の冷たい視線が、私の唇に移る。

流石に、本能が察する。




『…ちょっと待っ、』


慌てて顎を引いて、彼の胸を押し返そうとする。

それが合図かのように、彼が降ってきて___________




















_________________触れる!




「…ごめん。」


『えっ…?』


固く閉じていた目を、恐る恐る開くと。

あまりにも近く、今にも唇が触れる距離に彼はいた。突き出すように傾いたままの彼の顎先に驚いて、思わずまた目を瞑ってしまう。



『ごめんって、何が…?!』


少しでも動けば触れてしまいそうな唇の距離に、身体が強張る。

あれ?でも、何が?!じゃないか…?
揶揄ってごめん、ってこと?

それなら、早くもっと離れて_________









「柊介さんがいる。」

『え?』


もう一度恐る恐る瞼を開くと、彼は私を隠すように覆い被さったまま。
その視線は、窓の外を見ていた。

浮き出た喉仏が、どアップ!
男の気配についまた目を瞑りそうになったところで、やっと思考が追いついた。



や、違う。



『えと…今、何て?』

「だから」



緊迫する後部座席に少しも構わず。
この辺でいいですかね〜と運転手さんが呑気に声を上げる。

返事を待たずに落ちたメーターが回る音の中。






「柊介さんが、外にいる。」



そう呟いた唇の両端が、一瞬キュッと持ち上がるのを____________



私は、見逃せなかった。