唇トラップ



iPhoneに繋げられた、コードの先は充電器。


廣「緊急で本社から電話が入る。充電の許可ならさっき取ったから。」


八坂さんと目が合う。
グラスはもう、何杯目のはずなのに。瞳の色はちっとも変わらない。冷静な仕事モード。

・・・って、モードを判別できるほどこの人のこと知らないけど。




鳴ったら教えて、と託された携帯をテーブルに載せて。その先をテーブル足元のコンセントへ繋いだ。

横目に視線をやれば、もう“社内会議”に戻っている廣井さんと八坂さんの姿。
大変だなぁ、こんなプライベートの時間まで対応しないといけないなんて。だけどこの二人が集まるとこうなるなら、プライベートでは会わない方がいいよ。

あの夜の八坂さんを思い出す。
体調を崩してまでも、仕事を手放さなかった姿。



ぼんやり、そんなことを考えていたら。



エ「藤澤、鳴ってる。」


顎先で指された、震える携帯に慌てる。
かく言う私も、エリー同様大きな蟹足で手が塞がっていて。

滑り落ちそうになる画面を肘で抑えたところで、エリーが覗いてくれる。



エ「グレイス、・・・廣井さん、かかってきましたよ。」


取り上げると同時に話し出す廣井さんについて、八坂さんも部屋を出て行く。

なんだなんだ、慌ただしいな。汗


重ねられたまま、手をつけられていない小皿とお箸が目に入って。

八坂さん、全然食事をとってなかったんだ・・・。もう、何しに来たんだか。


何のために。

私のこと、誘ったんだか。







柊「だからそんなに醤油をつけるんじゃないっ。」

眞「もう、まじ煩いな・・・。
清宮さんさー、人生損してますよ?ご飯はね、その人の好きなように食べるのが一番美味しいんです。見栄とかタテマエとか、もうどうでもいいっしょ?中身のちっちゃさはバレちゃってんだから。」


着火した瞬間、「ほら、蟹すきの手が止まってますよ。」という眞子の指摘に。
柊介は慌てて中腰に立ち上がり、菜箸を取り上げる。そんな二人の様子に、なんだかクスリとしてしまった。


少し前までの二人の様子からは考えられない。
眞子は“親友の彼氏”という前提を踏まえた上で、柊介に愛嬌をはらっていたし。柊介も“彼女の親友”に対して、バリバリに格好をつけていた。

それが、いまや。




眞「うわっ、超美味しい!!」

柊「・・・それは塩で食べた方が美味しいよ。」

眞「まじで?もっと早く言ってよ。」



眞子は、人の心に入り込む天才だと思う。
天然に見えるザックバランさは、実は繊細な計算に満ちていて。

相手を見極めて、デッドラインは絶対に踏まない。
上手に避けながら、するすると心を解いていって。



眞「ん〜!塩の方が美味しい〜!」

柊「だろう?」




夜の世界だったら、間違いなくトップセールスレディ。
眞子が丸腰で向かうから、相手も丸腰にならざるを得なくなって。誰もがそのペースに巻き込まれる。

羨ましい、眞子の才能の一つ。