唇トラップ



私の牽制も効かず、グッとへの字に曲がった柊介の唇が。

ゆっくり、開こうとした時。





「柊介さん!」


振り向いた瞬間、心音が上がった。

透ける髪色を揺らして、太陽の笑顔で走って来るエリー。

背景の、ウォーミングアップする他の選手の中で。
ただ一人、合成のように輝いて見える。





エ「待ってましたよ!フォーメーション、組んできてくれました?」

柊「・・・ああ、うん。」


柊介が、手元のiPadを立ち上げる。
その隙に、フッと目線を投げて。


エ「おはよ。」

『お、おはよう・・・。』


額の汗が眩しい。首にかけたタオルの奥、浮かんだ喉仏。
思わず目線をズラしてしまうと。

「須藤もおはよ。」笑うエリーに、
「邪魔しないでよ!」眞子がそう、小さく呟いた。




柊「・・・だから、この四人が前に出て。」

エ「なるほど。悪くないかもですね。」


エリーの登場に感謝した。
私じゃ、きっとヒートアップする眞子と柊介を止めることは出来なかったから。


見兼ねて、入って来てくれたのかもな。いつものように、感じ良く、無意識のフリで。

口元を押さえて、真剣な顔でiPadを覗き込む横顔に。
こっそり、アリガトウを送る。





それにしても、意外にも熱く指示を出す柊介の姿にも驚く。
てっきり、私を心配して割り込んで来たのかと思っていたけれど。


柊「いや、一度これでやって見よう。上手くいかなければ後半戦で変える。」


子供の頃の夢は、野球選手だったと聞いた事があったけれど。
まさかサッカーにも精通していたとは知らなかった。

また一つ、知らなかった柊介の顔を見る。





眞「必死だね〜、清宮さん。
絶対うちを勝たせて見せるから、自分に助監督をやらせて欲しいって。牧さんに何度も頭下げたらしいよ。」


まだ隣にいた「今日は他人」の眞子が。
グラウンドとiPadを見比べながら、頷いたり首を振ったりする二人の様子に。シャッターを切る。


『そこまでして?
私、別に大丈夫なのに・・・。』

眞「いや、十和のボディガードがメインの理由だった事は間違いないけどさ。あの様子を見ると、理由はそれだけじゃなかったのかもね。」


柊介が、私以外にここへやって来た理由?
烏滸がましいけれど、思いつかな__________



『__________ああ!予算カット?!』

眞「そうそう。牧さん、優勝以外はあり得ないって言ってるらしいじゃん。
負ければ海営は来期の予算をカットされる。海営から配賦を受ける営業部も、一律ダメージ受けるよね。」



な、なるほど。汗
先日の深夜。自分のあげた企画申請を、八坂さんに承認させようと必死でガナっていた柊介を思い出した。

仕事人間、大の負けず嫌い。

自分の手の届かないところで、仕事の幅が狭まる(予算をカットされる)事になろうなんて。黙っていられなかったのかもしれない。

柊介、らしいな。






眞「じゃ、私も自分の持ち場に戻るよ?さっきも言ったけど、今日は自分の事は自分で__________


__________なっ、何かお探しですかぁ?!?!?!」




黄色く弾けた眞子の声に、柊介から視線を外す。

今日は騒がしいな。

そう思って、飛んでいく眞子の背中越しに見たのは。








「クーラーボックスは?」




先日の無防備な部屋着とは双極をいく、上下ブラックのジャージで。
オフスタイルの、下ろした前髪。

片耳だけイヤホンを外して、首元に浮かんだ汗を拭いながら。
そんな仕草にさえ、圧倒的なオーラを纏う。


駆け寄る眞子越しに、真っ直ぐ私を見据える。



__________八坂さん。