唇トラップ


昨夜の後味 _ 15





目線にあった唇から、慌てて視線を下げたのに。

いつの間にか緩められたネクタイと、シャツから覗く首元。
さらに色香を放出する画像に、もうどこに視線をやったらいいのか分からない。

エリーがこんなに近いと、息が出来なくなる自分を知った。




タクシーの中って、こんなに狭かったっけ…汗




『ち、近くない…?』

「じゃあ教えてよ。」



更に一歩、エリーがシートの上に置いていた手を私側に滑らせた。
目を合わせていなくても、あの瞳が私を離していないことが分かる。



『エリーの知らない人かもよ…?』

「いいよ。」



言ってしまった側から、後悔する。
だめだ、今ので完全に私が相手を分かってることが、バレた。




誤魔化すように大きく咳払いしながら。
ソッとそらしていた視線を持ち上げれば、案の定私を見据える黒く濡れた瞳。

子犬のように愛らしい造形なのに、その顔はちっとも笑っていなくて。
「ほら?」とでもいうように、小首を傾げる。
全然可愛くないっ…!むしろ怖い!




『い、言わなきゃ、だめ…?』

「だめ。」



被せ気味の即答。
なに、この追い詰められてる感は!!汗


顔色一つ変えない、サディスティックな表情と。元来好んでいた彼の香りに、心が痺れていく。

今日のエリーは、私の知らない人みたいだ。







『眞子にいわない?』

「誰にも言わないよ。」




唇を噛んで見上げた彼は。私たちが過ごした6年の中で、見たこともないような顔をしていた。

私たちが過ごした6年の中で、今この時が一番近い。


…もう、いっか。
どうせこのままいけば、エリーにはバレる。





『…さん。』


吐いてしまおう、どうせいつかバレるのであれば。

コバルトブルーの正体を。







「え?」

『やさか、さん。________“八坂蒼甫”さん。』