現れた事よりも。
その出で立ちに、驚いた。
『眞子だよね?』
「違うよ。」
エルメスのカレを、グルグル頭に巻き付けて。
隙間からやっと確認できる顔には、大きなサングラスがかかっていた。
『え、嘘でしょ。眞子じゃない。』
「しっ!!」
おはようございまーす、と。
新しい声が聞こえるたび、体をビクつかせて私の影に隠れようとする。
黒のジャージに身を包み、足元は軽快なランニングシューズ。
首から下げる大きな一眼レフカメラ。
スカーフの真知子巻きが、何ともマッチして面白い。
『なになに?笑
パパラッチごっこ?』
親友は、小さな舌打ちで返事をすると。
無言で私の手を引いた。
『そういう事なら、もっと可愛い格好してくれば良かったのに。』
木陰で打ち明けられた話によると。
眞子は、このサッカー大会の主要選手が海営メンバーだと聞いた時。即、社内広報誌『SUN!』の取材班に志願したらしい。
「エリーに任せてたら、いつ飲み会できるか分かんなかったから。十和子もアテにならないし。」
自身の力で海営メンバーにお近付きになろうとした、苦肉の策だったらしい。
『アテって・・・。汗』
「あー、もう!だけどまさかこんな事になるなら、申し込んだりしなかったのに・・・!」
『こんな事?何の話?』
「いえ、こっちの話。」
一瞬、サングラスから覗いた目元に。青クマが寄り添っているような気がしたけれど、ハッキリとは見えなかった。
「とにかく、ね。何度も言うけど、私は今日目立ちたくないわけよ。空気だと思われたいわけ。
だから、大きな声で話し掛けたり名前を呼んだり、私が私だとバレるような行動は謹んでくれる?」
バレる、って事は。
誰かから隠れてるって事??
聞きたかったけれど、本当にビクビクと体を震わせる挙動不審な様子が。
何だか気の毒に見えて、追求しない事にした。
『・・・分かった。じゃあ今日は、他人って事ね。』
「そうそう。だから、庇ったり戦ったり今日は出来ないからね?自分の身は、自分で守るんだよ?」
『?』
何のこと??
首を傾げると、サングラスから覗いた目元が驚いたように見開いた。
「えっ、まさか知らないわけじゃないよね?」
『何を。』
「嘘でしょ?何も言ってこないなとは思ってたけど、まさか知らなかったの?!」
飛び付いてきた勢いで。
眞子のサングラスは、スカーフの向こうで大きくズレた。
私は危うく、地べたに尻餅をつきそうになる。
「ちょっと大丈夫?!知らないよ?自分で何とかしてよ?!」
『なっ、なんのこと・・・汗』
「おはよう。」
その瞬間
春の柔らかい空気を切り裂いて、鼓膜を震わせたその声に
ほんの数ヶ月前まで
愛しくて愛しくて、震えるほどだったその声に
違う意味の震えが全身を貫き
ストンと地べたに腰は落ちた。



