仕事、大変なんだな。
これだけの業務量の違いがあるなら、あの豪華マンションでの暮らしぶりにも納得できるかも。
「空けて。」
急に、見下ろすように降って来て。
ぶち当たった視線に、思考を引き戻された。
『わたし?』
なんかいま、話しかけられてた?
聞いてなかった・・・
そう思ったところで、ゆっくりとエレベーターは止まって。
廣井さんが立つすぐ前で、扉が開く。
待ってましたとばかりに、ソソクサと降りていく廣井さんを目で追いながらも。
「空けといて。」
八坂さんはもう一度、確かにそう言った。
『何を?』
八坂さんの背が、壁際を離れる。
だから今度は、私が八坂さんを目で追う。
ほんの短い間。
この小さな箱には、二人きり。
「仕事ないんだろ?」
『土曜のこと?ないですけど。』
「なら、空けといて。」
鈍い胸内に、小さな閃き。
それってまさか。
「夜、空けといて。」
覚悟の前に、察知して。
胸が、早鐘に変わった。
『なん・・・で、』
言葉を止めるのは
一瞬の微笑みの破壊力。
立ち眩むほどの
色濃い、蠱惑。
今、誘われた?
誘われた、んだよね?
確かめたいのに、言葉が出て来ない。
瞳の奥を読み解けない。
立ち竦む私を一人残して。
彼を降ろしたエレベーターは、静かに閉まった。
『誘われた・・・よね?』
独り言が、上の空に響く。
横顔の残像。
高い鼻のラインに、流れた伏し目。
逸りそうになる胸を、頭を左右に振ることで追い払う。
ちょっと待って。私、なんか喜んでない?
落ち着け!汗
あの人の行動には、女子が期待する意味なんて込められてないんだから。
悪戯ならやめて欲しい。
思わせぶりならもう充分。
分かっているのに、懲りない身体は。
持ち主の目を盗んで唇を震わせる。
舞い上がる私は、すっかり見落としていた。
牧JAPANに召集されているエリーは、元埼玉県選抜。
特別待遇を許された、“招待選手枠”だと言うこと。
私が総監督を押し付けられたと耳にした、その日から。
危険を察知した柊介が、既に始動していたこと。
海営というスター軍団の中で、頂点に君臨する完璧モンスターの姿は。
凡人の私の予想なんて、遥かに超えること。
その春の日は、波乱の一日になることを
すっかり、見落としていた。



