唇トラップ



ヘイ、とか細い声で。
廣井さんが振り向かないまま、曖昧に返事をしたのが聞こえた。

私への気遣いを感じるけれど。
当の本人、私はこんな八坂さんのこんな肩透かしには慣れっこで。



今はそれどころじゃないって事なんだろうから。
大人しく黙っておこう。








「土曜、来るって?」


それにしても、あのショコラは美味しかったな。大事に食べてたつもりだったけど、あっという間に食べ切っちゃった。


「おい。」


洋酒、苦手だったけど。あれはあれで、アリだなぁ。お店、何処に入ってたっけ。
自分でも買いに行ってみようかな。


「おいって。」


マズい。このまま、今更チョコレートにハマっちゃったりして。
ダイエットにも美肌にも大敵じゃな____________









「十和子。」

『ひっ!!!!!!!!!』


急に覗き込んできた美顔に、息が止まる。


『なに?!びっ、びっくりしたっ・・・!』


八坂さんの肩越しに、私の声に驚愕フェイスで振り返る廣井さんと目が合って。
だけど一瞬で、躱された。

“俺はいないと思え!”

背中が、全力でそう語ってる気がした。






「今週の土曜。練習試合、見に来るのか?」

『あ・・・ああ、はい。』


心臓、ばくばく。汗
不意打ちのこの人の瞳には、殺傷能力がある。



『まぁ、見には行きますけど・・・私に出来ることはないと思われます。』


ルールも、エリーに教えてもらったばかりだし。
あれ以降試してないから、覚えられたのかも怪しい。



「その日、仕事は?」



土曜ですよ。あるわけないじゃないですか。

そう、答えようとして。
この人はそうじゃないから、こんなことを聞くんだと気付いて。




『ありません。』


すんでのところで、そう答えた。







廣「・・・話し中、悪い。
八坂、この後の報告の件だけど宛先に林常務も入れておいてもらえる?俺からの正式報告は、明日の朝イチで飛ばすって添えて。」

八「分かりました。」




そっか。
八坂さんは、当たり前に公休日でも仕事があるんだな。


携帯に視線を落としたまま、振り返らずに指示を出す廣井さんに。
即答で理解を示す八坂さんを、そっと見上げた。