唇トラップ


昨夜の後味 _ 14




いいの?と聞いたのに。
エリーは声をあげて笑う二人を一瞬見やって、すぐに頷いた。


方角的に私とエリー、眞子と廣井さんで其々帰りのタクシーを捕まえることになって。
エリーは眞子と同じ車に乗った方がいいんじゃないか…と思いながらも、タクシーを止めるため車道に出て行った背中に、それ以上は声をかけられなかった。





エ「藤澤。」


開いたタクシーのドアの前、私に先に乗るように手招きする。

乗り口を潜ろうと屈めば、頭をぶつけないようにサッとドアの上部を自然にカバーする。

エリーはいつもさり気なさに溢れていて、私はゆるゆると友情に甘んじる。
男の人とこんな関係になれたのは、エリーが初めてだった。








『告白すればいいのに、眞子に。』


もう何度めの会話になるけど、走り出したタクシーの中で私はまたこの一言を持ち出した。



「またその話?」

『だって、勿体無いなぁって思うんだもん。エリーだったら引く手数多でしょ?』

「他の何人に思われても、好きな人に思われないなら意味がないだろ。」



この返しもまた、いつも通り。
そして全く、仰る通り。



「今告白しても、勝因がないんだよ。」

『そうだねぇ…』


正直眞子は。エリーを男子として、全く見れていないと思う。

私と同じ、最高の親友としてしか。



「友達でいられる自信がないんだよ、振られた後。」

『そう?眞子ならきっと_____』

「俺自身が、友達に戻れる気がしないんだよ。」





窓の外を眺めるエリーの横顔を見つめた。
今この瞬間、これが世界中で一番切ない景色だろうと思った。

一瞬、その空気に見惚れてしまった。






「で?」


急に振り向いた顔に慌てる。見ていたことがバレたかもと、無意味に焦った。


「誰だったの、相手。」

『何が?』


暗い車内で、悪戯に黒光りする瞳。


「分かってるくせに。」


擽るような言い方に、すぐに思い当たった。
唇が燃えるような熱を出す。



『え、えーと…
なんの、話…?』



落ち着け、私!

あの話だ。
もうエリーには分かってる?そんなわけないよね?

だってエリーに、八坂さんの名前が浮かぶわけない。




「分からないよ、俺は。
だけど藤澤が相手の名前をもう分かってることは、分かった。」


エスパーかよ!!今の心の声聞こえた?!
負けそう!!涙



『えーと…うーん…』


それでも私は、最後の抵抗で悪足搔き。
早く家に着いて逃げ降りてしまいたいのに、今日に限ってこの道は混んでる。

その上、タイミング悪く車はゆっくりと減速して。そのまま静かに信号停止する。


膝の上で組んだ両手に視線を落とした。
早く走り出して________














「ねぇ、教えてよ。」





耳元近く、聞こえた声。

鼻先を掠めた香りに顔を上げれば、妖艶な半身が私を見下ろす。

いつの間にこんなに近づいていたのか。
街灯のオレンジ色を半分に浴びた顔の美しさに、私は生唾を飲み込んで。








「藤澤を、コバルトブルーに堕とした相手。」





私はやっと、今日の彼は瞳が笑っていないことに気付く。



それは、廣井さんが来た時からなのか、はたまた午後に彼が現れた時からだったのか。







読み違えてばかりの私には、もう、分からない。