唇トラップ



私の認識が正しければ。

その言葉は、待ち侘びた事や達成した事に対して使用されるはず。



『本当に?本当に、八坂さんがそう言ったんですか?』

「うん。“ようやく”って、たった一言。あいつそう言ったんだよ。」




“知り合いだったんだな”

“はい、ようやく”



『ようやく・・・えっ、要約?洋薬?』

「いや、そうだけど何か違う。落ち着け。」



目がチカチカする。意味が全く分からない。


なのに、何故こうも。

心がはやるんだろう。




「下世話だから、それ以上は聞かなかったけど。何かしらお前らにはあるんだろうとあの時から思ってたよ。」

『ないですよ?!汗
ぜんっぜんないですから!!たまたまエレベーターの中で会ったことがあって、それからたまに話すようになって・・・。』

「じゃあそこから?そこから、“ようやく”だったんじゃないの。」




そこからって、どこから!!涙

パニックになる。
あの人は、ここに居ても居なくても。
簡単に私を、自分に引き戻す。

抗いようのない、凄まじい引力で。





『もうだめ・・・ちょっと今日は、キャパオーバーです。また気分が落ち着いたら考える。涙』

「えっ?なに?俺なんか変なこと言った?!」



やっと後輩の異変に気づいた廣井さんに、返事をする気力もなく。

グラスに残って居たモヒートを、浮かぶミントごと口に含んだ。



果てないミント。

悲しいことに、また八坂さんを思い出させる。





『だめだ!私もう帰っていいですか?このままじゃ爆発しそう。涙』

「ば、爆発?!大丈夫か?!分かった、ちょっと待ってろ。」



チェックの合図をする廣井さんの隣で、額をカウンターに落とした。
熱を持った身体に、冷たく応えて心地良い。

何なの、もうこれは。
あの誕生日の夜から、本当について行けないほど色んな事ばかり。


その中心にいるのは

いつだって、八坂さんだ。














『罠かもしれない・・・。』

「ワナ?」


帰りのタクシーの中で。うわ言のように溢れた一言に、廣井さんが律儀に反応した。



『八坂さんの事です。もしかしたら、そんな気になる言い方すれば廣井さん経由で私の耳に入って。
私を苦しめられるかもしれないって思ったのかも。』

「苦しめる?なに、お前ら喧嘩してんの?」



喧嘩するほどの距離でもないし。

じゃあ、何なのよ。
“ようやく”、だなんて。気になりすぎる一言が、頭から離れない。




「・・・まぁ、何があったか知らないけどさ。これだけは言っとく。」



答えない私を見かねて。
廣井さんがさり気なく、部下をカバーする。



「八坂はそんな回りくどい奴じゃないよ。ああ見えて、呆れるほどに直球だし面倒な事を嫌がる。」



見上げた月はまん丸で。



「お前らとの間にあったことで、もし面倒な事があれば。
あいつなりの意味があったんだろうと俺は思うね。」



意味ありげに、蒼白く輝く。