唇トラップ



ここまで来れば、お手の物。
廣井さんの弱点なら、熟知している。



『考えても考えても、自分じゃ分からなくって。もう限界なんです。廣井さんの意見が聞きたい。』

「どうした、何があった?悩みって何?」




瞳の色が、不信から愛情に変わる。
ここまで来れば、もうひと押し。

ちょっとここでは口にしづらいけれど。
この優しい人を陥落するために、恥を捨てる。

今なら誰もいないし、いいよね・・・




『・・・したくなる時って、どんな時ですか?』

「は?」

『だから、・・・ス。』

「ラッ・・・スー?」

『違う、キス!!』




声を潜めていたのに、力を込めた分それなりに響いてしまった。






一拍、止まって。
見る見る青ざめた廣井さんは、漫画のキャラクターのようだった。

目に見えて、顔に青い縦線が入っていって。






「見てたのか?!?!?!」

『えっ、何を?』

「いや、もう、集合。兎に角集合。俺の弁明を聞いてくれ!!涙
店は俺が決める。トップシークレットだ、とっておきの場所じゃないと話せん!」




あっという間に立場逆転。
そして始まる、



「18:30でどうだ?駅前の花屋分かるな?彼処のカフェで待ってる。出来るだけ人目につかないよう注意して来てくれ!!」

『はいっ、はい。汗』



怒涛の追随。

気づけば、飲みに連行されるのは私の方になっていた。


人目につかないようにって、何事?!汗
だけど、廣井さんの剣幕についつい圧されて。
よく分からぬままに、頷いて別れてしまった。











廣井さんの慌てる意味は分からなかったけれど。
ひとまず、話を聞いてもらえそうで良かったな。


どこから話せばいいんだろう?
一番最初の、エレベーターのキス?

それとも土曜の朝の。
ソッと奪われたキスの事だけで伝わる?




__________名前出さないといけないかな、八坂さんの。




けどそれって、八坂さんのプライバシーにも関わるよね?
廣井さんも、そんな話聞いちゃったら八坂さんと仕事がやりづらくなるかな・・・




今更な躊躇を抱えて歩いていたら。
秘書課を通りすぎて、一周してまた化粧室の前まで戻っていた。






踵を返す。

疼く唇で、溜め息をついて。