唇トラップ


昨夜の後味 _ 13





だけど、廣井さんの言うことは然り。

エリーと仲良くなってから、女子にエリーを紹介して欲しいと頼まれたことが何度もある。
そういうのめんどくさい、とかわす彼のせいで、それは一度も実現しなかったけれど。


それにしても…



『ねぇ、“がっくん”って何?』

廣「知らないの?お前らだけだぞ、江里をエリーなんて呼ぶの。」

眞「そうそう、エリーって言い出したのそもそも十和子だからね。」



“がっくん”??
またエリー目掛けてコロナを運んできた女子に、律儀にお礼を伝える横顔を凝視する。



眞「ほら、エリーの本名は?」


『えっと…

…ああ!“ガクト”!なるほど!
江里岳人(えさとがくと)だからか!♡』


廣「そうそう。下の名前が“ガクト”って読めるだろ?
それに相まってこのキラキラ容姿だからさ、人事部では勝手に入社前から女子どもが“がっくん♡”とか呼んでて。」


眞「私も最初はがっくんって呼んでたなぁ。カゲでだけど。笑」


『なるほどね!似合う似合う!♡
ガクトかぁ、どうして気づかなかったんだろ!』



最初に思いついた人、天才じゃない?
“がっくん王子”なんて、めちゃくちゃエリーに合う〜♡



『私も今日から“がっくん”って呼んじゃおっかな。なんか可愛いし!』


エ「ちょっと待って、藤澤。」

『ん?』

エ「俺の本名、もう一度。」

『え?だから、エサトガクト、でしょ?』



次に、「え?」と続いたのは、廣井さんと眞子だった。

頭の上にハテナマークを浮かべた二人が、同じくハテナマークを浮かべた私を見つめる。



『え?えっ?汗
なになに…』

眞「…十和子、エリーの下の名前は“ガクト”じゃないよ?」

廣「“ガクト”って、読めるよなっていう話。」

『は?』

エ「“岳人”。“たけひと”だよ、俺。」




リレーのように言葉のバトンを繋いだ、三人の瞳に取り囲まれて。
私は一瞬、フリーズした後。









『ごっ、ごっ、ごめん!ごめん、エリー!!!!!!!!!』



テーブルにおデコをぶつけるほど、勢いよく頭を下げた。


人の名前間違えるなんて、最低!
しかも下の名前!

しかも、しかも…!


眞「まじでー?6年目だよ、私たちの付き合い。笑」


そう!!私は6年も、エリーの名前を間違っていたことになる…!!涙


『ほんっとに申し訳ない…!』

眞「ウケる。涙目になってるし。
十和は英文科卒だから、日本語に弱いんだよね〜♡」


揶揄いながら、頭を撫で回す眞子にされるがままになりながら。
クチャクチャになる前髪の中から見上げれば、目が合ったエリーはフニャリと笑った。




エ「いーよ、今更気にしてない。」

『い、今更…?』



エリーは時々、角度によっては女の子みたいに見える時がある。
こんな風に、暗い場所で後ろに沢山光を抱える時とか。お昼の光が溢れる廊下で、すれ違う時とか。

トロンと黒目がちな瞳に見下ろされれば、自分の居場所が一瞬分からなくなる。

もしかしたら、この不思議な感覚こそがエリーの色気なのかも。








エ「俺は藤澤に、読み違えられてばっかりだ。」




隣で笑う眞子には。
この妖艶が、届く日が来るんだろうか。