唇トラップ



背もたれに背を落として、大きく伸びをした。

やっと、今日中の業務にカタをつけた。

自分のデイリー業務より先に、八坂さんからの依頼に取り掛かったせいで。
わりと暇な金曜日だったのに、課内で一人、残業してしまった。


あれから、連絡が来なくなったけれど。
送ったファイルは大丈夫だったかな__________



『やばっ・・・!』

ふと目に入ったPC画面の時刻表示が、19:00を指していることに気付く。

柊介との待ち合わせは19:30。急いで出て、タクシーを捕まえないと間に合わない。




フロアの施錠をすべく、立ち上がる。PCをシャットダウンし、上がりっぱなしになっている窓へブラインドを下ろして。

電子機器などの忘れ物がないか、フロア内を見回る。

お化粧直しする時間あるかな。たとえなくても、今夜は死守したい。











小走りに、一通りの退社作業を終えて。

よし、一瞬だけ化粧室に寄って出よう!

まさに机上からバッグを取り上げたところで、外線電話が鳴った。





鳴り響く電話の前で、固まる。



誰?こんな時間に。

フロアにはもう、私しか残っていないわけで。私が取り上げないから、ひたすらに鳴り響くわけで。


取りたくない。こういう、帰る間際の電話にはロクなことがない。

無視したい。ていうか、無視しないと間に合わないし。



そう思うのに、一向に止まない呼び出し音に立ち去れない。





なに?誰?
こんなにしつこく鳴らすなんて、何事?

あと5コール鳴ったら出てみようかな・・・
そう思って数えたら、3コールめで電話は切れた。


よかった・・・。よし、気を取り直して帰ろう!

そう、踏み出そうとしたヒールを。
間一髪止めるように、再びけたたましく鳴り始める電話。





・・・もう、いや。涙

この時間に、こんなにしつこく。
明らかにただ事じゃない。出ざるを、得ない。



ため息を抑えつけて、受話器を持ち上げた。


『はい、日帝商事ひしょし、』

“十和子?”




飛び込んできた、この声は__________



『八坂さん?』