唇トラップ



牧役員の明日からの名古屋出張について、東海支社と打ち合わせをしていた。
電話口は、昨年までこちらの本社にいた顔見知りの仲で。

「清宮さんとのこと聞きましたよ」と、明るい声で祝される。

今日こそは否定を、と思っても。
実際に否定を始めるならば、その発端点も慎重に選ばなければと気づいて言葉を飲み込んだ。


役員層まで知れ渡ってしまっている、私と柊介の婚約説。
否定する時は、ちゃんと筋を通して情報をトップダウンさせなきゃ_____________









曖昧に受け流して、本題の牧役員のスケジュール調整について依頼する。

牧役員は、分単位で予定を刻みたがる。出張中は特に、一拍でも予定が空くのを嫌う。

せっかく俺が来ているのだから。24時間、俺を使えというのが牧さんの口癖。



『そうですねぇ・・・15:00の、◯社訪問の後にそのまま△社に移動できません?』

「えっ、けどそれだとお休みになる時間がないですよ?」

『大丈夫です。あと、この夜の懇親会の席では_____________』






向かいの後輩が、席を立った。隣の先輩も、斜め前の先輩も、それぞれ少しずつタイミングをズラしていなくなる。


何と無く、周りが手薄になった気がして。
あれ?もうお昼??
壁際の時計を見上げれば、まだ11:00前。

なんだろう?

そのまま時計下に下ろした視線が_____________





『・・・!!!』


思わぬ光景を、捉えた。



「お疲れさまですっ♡」
「お疲れ様。」

「お疲れさま〜♡」
「お疲れ様です。」



柊介が来ていた。
入れ替わり立ち代わり、黄色い声をかける秘書課社員に。

至極の笑顔と、蕩ける声色を振りかざしながら。