唇トラップ



おかしな夢はみたけれど、身体は熟睡だったようで。
寝覚めすっきり。携帯のアラームが鳴る数分前に、ベッドを出ることが出来た。



カーテンを開けば、見事な快晴。
日の出が早くなったな。少し前まで、この時間はまだ夜だったのに。




今夜、柊介に会うんだ。
まだ気持ちが決まったとは言いきれないけれど、いつまでも逃げているわけにはいかないし。


スチーマーを入れて、温かい蒸気に頬が包まれる。
何色のスーツを着よう。春らしい、オフホワイトのノーカラーにしようかな。
髪は纏めて、チークはオレンジに。
合わせるストールもピンクじゃなくてキャメル色にすれば、そんなに甘くならないはず。


ボディクリームに、いつものローラメルシエではなくDiorを取り上げてハタと気付く。





私、もしかして気合入ってる?
なんでだろう、心はちっとも浮かれてないのに。


鏡の中の、硬い表情の自分と目が合って思う。

________________ああ、そっか。

これは、“最後になるかもしれない”と予感しているからだ。



ナメられないように、出来る事ならいい女だったと記憶に残れるように。

他の思い出は忘れても、別れのシーンは忘れない。
そんな恋の道理が分かっているから、私は体裁を整えようとしているんだ。




つまらないプライド。
分かってはいるけれど。

こんな終わりだからこそ、プライドを守りたい。






リップは、ライラック色のマキシマイザーに決めた。
少し薄いかなとも思ったけれど、これ一本を取り上げてメイクボックスを閉じる。


ナメられたくはないけれど、気合いを入れて来たとも思われたくない。

我ながら、面倒臭い女。
でも、もう28年もこれで来てしまったから、今更変われないし。




ライラック色は、過度でもなく過少でもなく。
私の小さな唇に、しっくりと馴染んだ。


また、私を受け止めてくれる誰かと歩けるようになるまで。
私が私を受け止めて、とことん付き合おう。


打算はもう、やめる。恋愛とか結婚とか、今はもう考えない。

“藤澤なら、何度でも誰とでもちゃんと恋愛出来るから。”

エリーが、そう背中を押してくれたから。



“エリーは十和に、十和を思っての事しかして来なかった。”

昨日の眞子の言葉を思い出す。苦しくなるほどの裏付けが胸に溢れて、鼻先がツンとする。

思い返せば、私の温かい思い出にはいつもエリーがいた。






あっちがダメだったからこっちって。
柊介から他の人に、すぐ気持ちを切り替えるようなことはできないけれど。



少なくとも、エリーに対してこんな気持ちになってしまっていることを。

今夜はちゃんと、柊介に打ち明けよう。