ぐうの音も出ないとは、この事。
突き付けられているのは、エリーの私への愛情深さではなくて。
眞子の、エリーと私への愛情深さだ。
「とにかく!もうこうなっちゃったから言わせてもらうけどさ。
断然、エリーがオススメだよ?」
『え?』
「エ?♡じゃないっ!怒
十和さ、なんか清宮さんにほだされて色々忘れかけてるけど、浮気されたんだよ?」
ほだされて、忘れかけてる。
確かに。
親友の指す現実に、我ながら目が覚める。
「どんな理由があったって、浮気は浮気でしょう。絶対許せないよ。これから何度だって思い出して、その度辛くなるよ。」
珍しく冷えた声の眞子に、何か引っかかる。
だけど________
「ま、八坂さんもチャンスがあるなら大アリだけどね〜♡」
瞬時に見せられた、いつもの眞子の笑顔に。
つい、気をそらされた。
『そうだ、八坂さんの事なんだけど・・・。
何か、悪い噂とか聞いたことある?』
こういう、探りを入れるようなことは好きではないけれど。
先日の柊介の言葉が、まだ頭から離れない。
「悪い噂って?イケメンで仕事出来て完璧すぎるとか?もはやモンスターの域だとか?」
『違うっ!笑』
柊介が、不安がるほどの悪い噂。
だけど、それって例えばどんな?
『女遊びする、とか?』
「ないない!八坂さんに関しては、一切そういうのない。
紀子さんの実証もあるし、一途さはお墨付き。」
『ノリコさん?』
聞き慣れない名前に。
思わず饒舌な眞子の話に口を挟んでしまった。
眞子は、一瞬。
ほんの一瞬、真顔に戻った後。
「まぁさ〜、とにかく八坂さんに関しては女遊びとかないからっ!
むしろ私も遊んで欲しいくらいだよ。八坂さんなら遊びでもいい女子たちが、ワンサカいるんだからね。」
戯けた口調で付け足すと、ティーカップのアーモンドミルクを一気に煽って。
「さっ、そろそろ戻ろ!」
ソソクサとお財布を手に立ち上がると、伝票を持ってレジへ向かう。
慌てて、その背中を追うけれど。
ノリコさん。
ノリコさんって、言ったよね?
確かに聞こえた名前を咀嚼する。
誰なんだろう?
八坂さんの一途さは、ノリコさんが実証するってどういうこと?
その名前に、後ろ髪を引かれながらも。
店を出た途端始まった、「エリーのキスはどうだった?」というオブラートを許さない眞子の追求に甘い記憶が蘇って。
会社のエントランスを潜る頃には、私はすっかり、“ノリコさん”を思い出さなくなっていた。